第10話 荒れる指導


 白魔法使いはシャルの想いに応えるかの様に立ち上がる。


 「君、名前は?」

 「セ、セリア・ローゼンタール……です」

 「セリア、君は合格だ。杖を使わずに自分の力で立ち上がるなんて、君も想いが強いんだね」


 あとは二人。剣士と大盾。

 早く立てよ。この想いで立てないなら……もう俺でさえ救いようがない。


 歯を食いしばりながら剣士と大盾は立ち上がろうとする。

 ただ足がいうことを聞かないのか、膝立ちの状態で止まる。


 「シャル……」


 これは無理だ。これ以上こいつらに時間を使う必要性を感じない。

 そんな俺の思いが伝わったのか、シャルは勢いよく首を横に振る。


 信じて欲しい。

 言葉にしてないがシャルの目からは、その意思が伝わった。


 はぁ……シャルも甘いな。


 「ぐぐぐ……くそっ……動けよ! 動けって!」


 剣士は膝を拳で叩きながら、動かない足を酷使する。


 「シャ、シャルちゃんと一緒に、め、目指すんだぁぁ!」


 大盾も同じように立ち上がろうとするが、足はピクリとも動かない。

 ただの口だけ野郎共だ。今は放っておくとしよう。


 「まぁいいや。剣士と大盾は立ち上がれたら合格ね。期日は今日までで。それでシャルは短剣の練習。セリアは俺の目の前まで、まず来ようか」

 「分かったわ!」

 「わ、分かりました……っ」


 いい返事をするシャルはもう余裕があるのだろう。

 短剣を抜いて身体の動きを確認している。

 セリアはまだ立つだけで限界なのか、俺の元に辿り着くのは、もう少し先のようだった。


 「じゃあ、シャル。俺のことを本気で斬りかかって来てね。遠慮はいらないよ。どうせ当たらないから。俺をこの円から出させたら次の指導に移る」

 「わ、分かった!」


 俺は小さな円を地面に書き、その真ん中に立つ。

 すると、その様子を見たシャルは素早く行動し斬りかかった。

 俺はそれを容易に避けたのだった。




 それから二〜三時間は経っただろうか。

 未だに俺はこの円から出ておらず、シャルは肩で息をしている。

 セリアの方はやっと歩けるようになり、俺の目の前まで来ることができた。

 男共はもちろん現状維持だ。


 「おぉ、おめでとう。セリア。思っていたより早いね」

 「あ、ありがとうございます」


 シャルの斬撃をかわしながらセリアに視線を向ける。


 「じゃあ、セリア。一つ問題に答えてほしいんだけど、白魔法使いに求められるもので、何が一番重要だと思う?」

 「えっと……魔力量でしょうか?」

 「確かにそれも重要だね。でも、一番は状況判断なんだよ。セリアは獅子蛇キマイラ討伐の時、長期戦になるとは思わずに、魔力不足に陥った。それは致命的な欠点だ」

「は……はい」


 肩を落とすセリアに同情なんてしない。

 パーティーは一蓮托生だ。一つ瓦解すればそこから全て崩れ落ち……最後には死ぬ。

 魔物は待ってはくれないのだから。


 「後、獅子蛇キマイラの弱点は炎魔法だと言ったはずだよね? なのに、セリアは雷属性をシャルに付与させた。これは正直、俺がシャルの立場だったら許さないね」


 肩を落とすだけじゃなく、少し震えるようにもなってきた。

 ずずっと鼻を啜る音が聞こえて、少し言い過ぎたかなと反省する。


 「でも、セリアはもう恐怖で我を忘れるようなことはしないと思うよ。俺の闘気に当てられて君は立つだけじゃなく、ここまで来れたんだから」

 「わ、私絶対に次は失敗しません! シャルの足を引っ張るのは……嫌だから」


 きっとそれは本心だろう。

 目が潤んでいながらも決意に満ちている。


 「うん。じゃあ、セリアがここまで来れたし、一度休憩しようか」


 スッと闘気を抑える。

 久々に闘気を長時間解放したせいだろうか、俺も少しだけ疲労していた。


 「はぁはぁはぁ……はぁ……はぁ……あた……ら……ない」


 肩で息をするシャルは、休憩を取りながらも斬撃を繰り出し続けていたせいか、その場で仰向けに倒れる。


 「凄いね、シャル。修練の成果なんだろうけど、ここまで頑張るとは思わなかったよ。あともう少しだったけどね」


 シャルの頭を撫でると気持ち良さそうに、瞳を閉じた。

 日没まであと二時間程だろうか。

 立ち上がれなかった男共は悔しそうに地面を叩く。


 さぁ……どうしようかな。




 休憩を入れた後、指導を再び開始した。

 俺の元まで辿り着けたセリアには、シャルと連携を組みながら自分をこの円から出すようにと告げる。

 ちなみに闘気は先程よりも抑えた状態だ。

 これはシャルがもっと動きやすいようにする為と、セリアが白魔法を冷静に判断して、行使できるようにする為だ。

 決して剣士と大盾の為ではない。


 ……俺は甘過ぎるだろうか?


 「や、やったぁぁあ!! 立てたぞ!」

 「た、盾を使えばぁぁあ!! こんなものぉ!」

 「うんうんすごいね。でも、まだ名前は聞かないよ。俺は要領が悪いから、一日に一人だけだ。明日は剣士君の名前を聞くよ。大盾の君はもう少し頑張ろうか」


 少し納得できないように顔を顰める剣士と大盾だったが、反論をする元気もないのか何も言わずに口を噤んだ。


 日没がもうすぐというところで指導を終える。

 結果的にシャルとセリアの二人は、俺を円から出すことができず、剣士は歩けるようにまでなり、大袈裟に喜んでいた。


 ……大盾の彼は、盾を使ってギリギリ立つことができたが、歩くとなるとまだまだ遠そうだ。

 まぁ、一日目にしては上出来なので何も言わない。


 でも……後六日もあるのか。

 辛いなぁ……。


 自分で決めた事とは言え、一週間というのは少し長いなと感じた一日だった。





 指導二日目はシャルとセリアの連携で俺を円から出させる事。

 剣士と大盾には走れるようになる事を目標とする。


 「あっ、そう言えば名前聞いてなかったね。剣士君の名前は?」

 「ロイ・ジュバックって言います。あの……すみませんっした!」


 ロイは勢いよく頭を下げる。

 少し傲慢な態度をしていた彼らしくない行動だ。


 「ど、どうしたの? いきなり」

 「……俺ギルドマスター室の時も昨日も……レオンさんを馬鹿にしてるような発言をしたり……昨日も闘気を抑えてくれていたのを知っていて……俺、もっと強くなりたいです!」


 ロイの目は白魔法使いと同様に、決意に満ち溢れていた。

 確かにロイは俺を貶める様なことを言っていたが、それはシャルを慰めようと思っての発言だった。

 まぁ素直に彼は馬鹿正直なのだろう。


 <金の翼>メンバーは目標に向けて一生懸命で、リーダーの"想い"に応えようという意思は本物だった。


 ……ただ一人を除いて。



 「こ、こんなのが指導になると思わない!」


 指導を始めてから二〜三時間経った休憩中の出来事。

 座ってシャルと談笑していると、俺に向けて一人の男が声を張り上げた。


 「……それはどう言うことかな? 大盾君」


 声を張り上げた大盾は顔を真っ赤にさせて、俺を睨みつけている。


 「そ、そのままの意味です! これの意図が僕には全く分からない!」

 「この指導を君が分かる必要はないよ。そもそも盾を使っても、まだ歩けてない君が言うこと?」


 大盾はロイやセリアと違って、俺に尊敬の念どころか敵意を向けていた。

 まぁこれはしょうがないかな、と自分の中で納得する。

 盾を補助として歩けてるならまだしも、立っているだけでギリギリなんて彼のプライドが許さないのだろう。

 それも意中の相手が目の前にいるとなればなおさらだ。


 「くっ! ぼ、僕は強くなれるとマスターに聞いたんだ! それを闘気に慣れる程度で強く慣れるなんて僕は思わない!」

 「ふーん。そっか……じゃあ、君はいいや。ちょっとシャルたちは借りるけど、君はこれから来なくていい」

 「レ、レオン……」


 俺は元々面倒事が嫌いだ。

 いくらシャルが大盾の代わりに赦しを乞うように見上げても、シャルの"想い"に答えられない彼が居ても邪魔になるだけ。


 「はい。そうさせていただきます。では、さようなら」


 大盾は歯を食いしばりながら、森の中へと消えていった。

 俺は、ぱんと手を叩いて、みんなの気持ちを切り替える。


 「それじゃあ、指導を再開しようか」







 大盾が居なくなったからといってやることは変わらない。


 「……え、レオン……出た?」

 「今、出ましたよね?」


 ふっ。まさか本当に出ることになるとは。


 正直なところ、この指導は一週間で終わらないと心の中で豪語していた。

 たかが、Bランクパーティーの攻めだ。

 避けることなんて容易い。

 だが、円を小さくし過ぎたせいか、はたまた二人の実力を見誤っていたせいか。

 俺は円の外側に半歩出ていたのだった。


 「う、うん! 合格だ!」


 少しだけ動揺する俺は、腕を組みながら自分を落ち着かせる。


 「や、やったわ! 出せた! セリアちゃん! 私たちレオン相手に!」

 「うん! うん!! シャルの動き凄かったもん! 絶対合格できるって思ってた!」


 二人は喜びと疲労のせいか、顔を紅潮させて喜んでいる。

 一方の俺は、この後の指導なんて考えてもいなかった為、内心汗だくである。


 「うんうん。本当に凄いね、シャルとセリアは。あと、ロイもいつの間にか走れるようになってるし……で、でも、今日は日が暮れそうだから、次の指導は明日からにしようか」

 「分かったわ。明日も、もっともっと頑張る!」

 「はい! 明日もよろしくお願いします」

 「明日は剣術教えて欲しいです! 師匠!」


 俺はいつの間に師匠になったんだろ。

 いや、それよりも明日の指導を考えなきゃ……



 王都へと帰路する森の途中、シャルは先程までとは違い、どこか物憂げな表情をしていた。


 「大盾の彼は申し訳ないけど、明日も来ないと思うよ」

 「え? なんで私が思っていることが分かったの……?」

 「んー、なんとなく?」


 俺の言葉に苦笑したシャルは、独り言のように口を開く。


 「……少しだけ……本当に少しだけ。ジャンビスが私たちと違う気持ちなんだなって、分かってしまったのが……悲しいわ……」


 大盾の彼はジャンビスと言うのか。

 明日には忘れてしまいそうな名前だな。

 でも、悲しいってシャルは本当に仲間想い…………


 ………いや、待て……ん??


 「シャ、シャル。ひ、一つ聞いていい?」

 「ん? なに?」

 「その悲しいって言うのは……そのー、そういう感じの悲しい?」

 「?? 何を言ってるのか分からないわ」

 「つまり……好き……ってこと?」

 「なっ!? なわけないじゃない! ばか!! ばか!! 鈍感!!」


 ぽかぽかと俺の肩を叩く姿に、俺は少し安心する。


 シャルが彼に恋愛感情を抱いていたとしたなら……

 俺はきっと今頃相当気まずい思いをしていただろう。


 自分の言動をもう少し改めようと心に抱くのと同時に、セリアに向けて口を開く。


 「セリア。君の状況判断は良くなっている。俺も一から勉強する時が来るかもしれない。その時はよろしくね」


 セリアは俺とシャルの会話を聞いていたのか、無言でジト目を送ってくるのだった。



 王都に到着し、みんなと解散する。

 まだ指導二日目なのに慣れていないことをしている為か、疲労が溜まっているように感じる。


 早く拠点に帰って、今日はできるだけ早く寝よう。


 そんな思いを抱いて、拠点へと帰ると、すぐにお風呂に入り、夕食を済ませる。

 そうして自室へと戻った俺は、すぐにベッドに飛び込んだ。


 このベッドは王国随一の腕を持っているドワーフが手掛けた至高の一品だ。

 ふかふかのベッドで、三人は容易に寝れる程の大きさである。

 このベッドに身を預けると、気持ち良すぎてついつい思考が止まってしまう。

 明日の指導を考えなくてはいけないが、もう限界だ。

 明日の指導は明日考えよう……


 睡魔に負けた俺は、瞳をゆっくりと閉じ、深い眠りに落ちていくのだった。

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