第9話 指導
無言の時間が続く。
レティナとマリーは先程よりも鋭い視線を送ってくる。
その中で、
「お前の気持ちは、まぁ分かったぜ? でもなぁ……シャルは見込みがあるが、他の奴らはダメだ。あいつらじゃ教えてもどうせ抜ける。修練が足りねぇ」
いや? 君何も分かってないよね?
カルロスの勘違いは底無しだった。
「女は愛嬌。男は度胸って言われてるくらいだ。レオンの度胸は分かる。もちろんシャルの愛嬌も分からんでもない。ただ俺たち全員参加ってのは違うんじゃねぇか?」
「カ、カ、カルロスも、もうそろ……そろ……」
俺は今、人生の中で一番動揺しているかもしれない。
カルロス以外の視線はもう殺気だ。
何故こいつは気付かない!?!?
「分かってるぜ。レオン。全部言わなくてもいい……お前……一人で背負うんだよな? それが男だ」
「……はい?」
「惚れた女のパーティーをレオン一人で請け負うって話だろ? そうじゃなきゃ面倒くさがりなお前が<金の翼>如きに動かねぇからな」
「うん、そうね! レオンちゃん一人に任せましょう! そうよね? レティナ」
「うんうん!! それが良いよ! <金の翼>の指導なんてレンくん一人で簡単だもんね!」
俺は顎を触りながら思考する。
ふむ。そうか。ここが地獄か。
勘違いを続けたまま自分で話を締めくくった
声は笑っているのに、俺を鋭い眼光で睨みつけているレティナとマリー。
これじゃまるで獰猛な魔物のいる部屋に閉じ込められた一般市民の様な気持ちだ。
閉じ込めた本人も居るのだが、悪気が一切無いのが憎めない。
そんな俺は不撓不屈の精神で、目の前の獣に反抗する。
「い、いや二人とも考えてみてよ? 俺がそんな事で指導を受けると思う? 思わないよね? なら、誤解だって分かるはずだ。頭がいい二人なら! ね?」
カルロスは俺の言葉にきょとんとしている。
いや……何本気で不思議がってるんだお前は……。
「レンくん……? もういいよ? <金の翼>はレンくんに任せるから。それでレンくんもいいよね? ね?」
「レティナに賛成かな。レオンちゃんもそれで呑めるわよね? あのパーティーが強くなるって言ったのレオンちゃんだものね?」
ふっ。二人がここまで殺気を飛ばしてくるとはね。
でも……まだ……!
「う、う、うん。そーだね……明日は俺一人で行ってみるとするかなぁ。な、なんだか今日は疲れたから、俺はお風呂に入ってくるよ……」
うん無理だ。諦めて一人で指導しよう。
そう決めた俺は、とぼとぼと浴室に入っていくのだった。
ベッドから起きて身支度を済ませる。
指導は昼からと言ったが、そういえば待ち合わせ場所を決めていなかったので、先に東門で待つことに決める。
部屋から出てダイニングへ向かうと、テーブルの上に朝食と三枚の手紙があった。
<レンくん旅に出ます。探さないでください>
<レオンちゃん、私はきっと抑えられないので旅に出ます。探さないでください>
<レオン応援してるぜ?>
そうか。みんな旅に出たのか………
少し腹が立つ奴が一人だけいるが、まぁ、今は置いておこう。
どうせすぐ帰ってくる。
俺はさっさと朝食を済ませて、拠点を出るのだった。
ん? あれは……
東門が見えた辺りで見知った顔を見つける。
「おはよう、早いね。シャル」
「っ! お、おはよう……ございます……」
指導の昼までにまだかなりの時間があるが、律儀なのかシャルは先に待っていた。
「敬語はいいよ。年は一つしか違うんだし、これから一週間指導するんだから気楽に行こう」
「わ、分かったわ……」
昨日の夜の事がまだ尾を引いているのだろうか。
シャルの表情は少しだけぎこちない。
「んー。まぁ時間まで待つのも退屈だし、何処か行く?」
「え!? 行きたいです!! ……あっ! 行きたいわ!」
まだ敬語が慣れないシャルは、キラキラとした瞳を俺に向けている。
その様子に、
「あっそういえば、レオン……これ」
シャルは衣嚢から出した四枚の金貨を手のひらに乗せ、申し訳なさそうな顔をする。
「あぁ。それは<金の翼>にあげるよ。だいぶ無理させたみたいだから、お詫びだと思って」
「で、でも……私たちは
確かにシャルの言いたい事は分かる。
それを受け取るのは筋違いという話をしたいのだろう。
「んー……あっ! じゃあこうしよう。俺たちが困った時に必ず駆けつけること。これはその報酬で、ただの前払いみたいなものだと思って、受け取ってほしいんだけど……」
「……うん。それなら分かった。レオンが困った時は必ず駆けつけるんだから!」
シャルは俺と二つ目の約束ができて嬉しいのか、屈託の無い笑みを浮かべていた。
約束を取り付けた後、これからどこに行こうかと思案する。
見慣れた街ではあるが、普段出歩かない俺はもちろん行きつけの店などない。
「シャルはどこか行きたい場所ある?」
「んー……あっ! 新しくできたケーキ屋さんに行きたいわ!」
あ〜、レティナが言ってた店か。
今は外套もあるしフードを被れば俺だってバレないが……あそこは……
「えっと、ごめんシャル。そこだけは、先約があって……」
「あ、そうなんだ?」
「うん。だから、ケーキ屋じゃなくてポーション屋に行ってもいい?」
「う、うん。別に良いけど……何か気になることでもあるの?」
「まぁね」
提案を断ったにも関わらず、シャルは嫌な顔一つも見せない。
まぁ惚れてなんていないが、とてもいい娘なのはもう知っている。
ポーション屋に着くと、俺は被っていたフードを深く被り直し、店内へと入る。
やっぱり高いな。何でだ?
店内に並んだポーションは、俺が見た頃よりも数倍値上がりしていた。
マスターがくれたハイポーションも金貨二枚で売られている。
「ねぇ、シャル。ポーションが何でこんなに高くなっているのか分かる? 数年前まではもっと安かったはずだけど……」
「あー、なんかね? 半年前くらいからポーションに必要な材料を強奪する者が現れたんだって。私もあまり詳細な情報は知らないけど、その被害は大きいらしいわ。それと、ポーションの価値が高くなったことで、ランド王国周辺の村で争いも起きているって噂を耳にしたかな」
「……なるほど」
その強奪している奴等のせいで、価格が高騰してるって事か……それにしても……
「俺は……争いは好きじゃないな」
ボソッと独り言の様に呟く。
どこかで争いが起きれば、善良な市民などが命を落とすだろう。
正直嫌な話だ。
その噂が本当ならば……
「レオン?」
考え事に耽っていると、シャルがいつの間にか見上げていた。
その表情が何処か不安気だったので、俺は心配させまいと頭を撫でる。
「ん。ごめんごめん。外に出ようか」
「う、うん」
ポーションの件を知れた俺は、シャルと共に店外に出る。
まだ時間もあるし、どうしよう。
辺りを見回し、ふと目に留まった店を見つけると、俺はシャルと一緒にその店に入店する。
そこは洒落たアクセサリー屋だった。
「レオンってアクセサリーは付けているの?」
「まぁ、付けてはいるけど。何の効力もないよ」
そう。俺が首に付けている剣のネックレスは、従来の補助アイテムとしての機能は全く無い。
「そうなのね。私はまだ一個も持っていないの。なんか補助アイテムに頼ると腕が鈍っちゃいそうで」
「今のシャルなら鈍ることなんてないと思うけどね」
「それは……」
俺の言葉にシャルが俯く。
一瞬、何故? と思ったが、言葉選びが悪かったのだと気づく。
「シャル、勘違いしないで。 弱いからアイテムに頼っても腕が鈍らないって意味じゃなくて、修練を欠かさないシャルだから腕は落ちないよって意味ね」
「あ、ありがとう……」
頬を赤く染め、もじもじとするシャル。
あまりにも素直な反応に、俺は笑みを溢す。
「そうだな。シャルが指導で俺の予想よりも強くなったら……アクセサリーをプレゼントしてあげるよ」
「え!? ほ、ほんと?」
心底嬉しそうな表情で俺を見つめるシャル。
そんなシャルに、
「あぁ、そのために強くならないとね」
と返事をした俺は、その後少し店内を回ったのだった。
時間もいい頃合いだったので、俺たちは東門へと戻る。
すると、<金の翼>のメンバーが全員そこに集まっていたので、俺はみんなを引き連れて、昔<魔の刻>が使っていた修練場へと出向いた。
王都ラードは坑道以外、基本的に森に囲まれている。
俺たちが向かっている修練場は、東門から出て坑道を外れ、一直線に向かえば着くことができる森の中だ。
道なき道を進まないと行けないのが難点ではあるが、誰も近寄らない場所なので修練には適していた。
「わぁ! こんな場所があったのね……」
シャルは辺りを見渡して、少しだけおっとりしている。
「そうだね。ここなら誰も近寄らなそうだし、指導も受けやすいかも!」
白魔法使いは、
俺は小さな子供の注意を引く様に、手をパンパンと叩いた。
「はい。とりあえず聞いてー」
そう言葉にすると、みんな一斉にこちらを向く。
「先に言っておくけど……正直なところシャル以外は、指導する価値がない」
「え……なんだそれ!」
「な、なんでそんな事言うんですか?」
「な、何様だよ!」
キッパリと言い切った言葉に、信じられないと言った表情で反論する者たち。
はぁ……めんどくさい……。
「どうしたら………みんなを指導してくれますか?」
そんな中、一人黙っていたシャルは、真剣な表情でそう言葉にした。
「……じゃあ、立っていられたらいいよ。一応加減してあげるけど……これが最低条件ね」
「なにをーーッ!?」
剣士の反論を待つ前に……
俺は闘気を放つ。
先程喚いていた者たちは、その場にへたり込んでいる。
唯一シャルだけは、足をプルプルさせながら持ち堪えていた。
「これが君たちとシャルとの違い。分かった? シャルは優しいから何も言わないと思うけど、
大盾、白魔法使い、剣士が涙目になりながら俺を睨む。
「はぁ……自分たちの実力不足のせいなんだからあまり睨まないでよ。シャルはそうだね……まず、短剣から練習しようか」
シャルは俺の闘気に慣れてきたのか、もう足の震えが止まっている。
加減しているとはいえ、この短時間で俺の闘気に慣れるとは……欲しいな。
「シャルさ? 俺たちのパーティーに入らない? まだ、あと一枠余っているんだよね」
「えっ?」
俺の言葉が信じられないのか、シャルは大きく目を見開いた。
「どう? 揶揄ってもないし、本気だけど?」
先程喚いていた者たちはその場にへたり込みながら、俺とシャルの会話に横槍さえも入れない。
おいおい。
仮にもリーダーを引き抜こうとしてるってのに……なんで止めないんだ? こいつらは。
<魔の刻>のメンバーが俺と同じように<金の翼>に対して、 「指導するに値しない」 と言ったのは紛れもない事実だ。
シャル一本槍であるこのパーティーを立て直す為に、Sランク冒険者が指導するなんて馬鹿げている。
ただ、マスターに指導を承った俺としてはもう後には引けない。
シャルの勧誘。これはただの茶番だ。
答えなんてもう分かり切っている。
黙って返事を待つ俺に対して、シャルは涙ぐみながら綺麗に微笑んだ。
「嬉しい……嬉しいで……す、レオンさん。でも……私は……私は! レオンのパーティーに入る為に修練を積んできたんじゃないの。みんなと……貴方に追いつきたい! ただその一心で頑張ってきたの! だから……ごめんなさい」
シャルはとても綺麗な心を持っている。
俺が忘れてしまったその心を……
それに少しだけ嫉妬をしてしまう。
「そっか……残念だ」
茶番は終わった。
あとは喚くだけのこいつらがどれだけこの純粋な想いに応えられるか……
そう思っていると、へたり込んでいた白魔法使いが、震えながらも腰を浮かせるのだった。
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