あおのこえがきこえた
@hitujinonamida
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それはごくごく最近の話し。
まだコンビニでセルフレジが一般化されていない頃。
都内に住まう、声優志望のアラサー女子がいた。
名前を
彼女は日本語学校の教員として働きながら、その傍ら、カラオケでの発声練習や、流行りのアニメや吹き替え映画のチェック、また推し活などをして、三か月に一度は声優のオーディションを受け、日々忙しくしていた。
そんな青子は今年で三十一歳になった。
コンビニのアルバイトだけでは生活が続かないと、日本語の教員を目指し、早三年。
一度は勤めていたコンビニの本社に呼ばれ、店内アナウンスを務めさせて頂いたものの、それ以降は、声優らしい仕事を請け負うことはなかった。
青子はこの先の自分の人生を考えると、惨めで億劫で、段々日常的な就労と、毎日の身支度などだけでくたくたなってしまうようになった。
住んでいるシェアハウスに帰って、出されたご飯を食べてお風呂に入って寝るだけの毎日。
「あお、おれふくわすれてない?」
「ちょっとノックしてよ!」
青子より以前から住んでいるリチャードは、最近青子が脱衣所にいる時に限って、ものを取りに来るようになった。
何度注意しても悪びれもせず「ごめんごめん」とへらへら笑うだけで、決して改めようとはしない。
シェアハウスの持ち主である富岡さんも何度も注意してくれたが、その場しのぎの謝罪はするものの、反省はしていないらしく、理由をつけては青子が無防備な時に近づいてきた。
青子は次第にお風呂でも、トイレでも部屋でも安心して気を抜いて過ごすということが出来なくなった。
青子は引っ越しを考えたが、シェアハウスの家賃はとても安いし、イタリア人シェフの作った美味しいご飯付きはとても好待遇だ。
またここを出ていくことで、推しのグッズやライブや、声優の練習場所に使っているカラオケの費用、などを削るのは避けたかった。
いつオーディションに受かるかも分からないのに、永遠と我慢をしながら、出費を重ねる生活がずっと続いていた。
青子は虚しくて、やるせなくて、惨めだった。
これではパワハラゴブリン店長に耐えながら、アルバイト生活をしていた頃と変わらないと、青子は自分を責めた。
なので、責めてめぼしい引っ越し先だけでも見つからないかとある週末の休み、もと住んでいたマンションに向かった。
青子は自分が住んでいた部屋に、見知らぬカーテンが掛かっているのを見て、不思議な気持ちになった。
もう、そこは自分が住んでいた頃とは全く別空間なのだと感じ、今の住居人の安全を祈り、直ぐに立ち去った。
そして自分が以前勤めていたコンビニ店に立ち寄った。
すると、自動ドアが開くと同時に「いらっしゃいませ」と声が聞こえてきた。
レジにお客様が来て、急いで棚からレジに移ったのは、青子が仕事を教えたタイの女の子のヤミーだった。
入ったばかりの頃は、レジ前で両手をズボンに突っ込むのがやめられず、パートのおばちゃんたちから白い目で見られていたヤミーが、今ではレジに立った際に、新人らしい子に呼びかけ、お客様対応しながら、レジ操作を教えていた。
青子はそれを見て驚き、自動ドア前で立ち尽くした。後ろを迷惑そうに他のお客様が通り抜けるのにも気づかない。
「青じゃない?」
「アブドル」
青子に声をかけてきたのは、以前ここで一緒に働いていたアブドルだった。
「凄く久しぶりだね。どうしたの?」
「あー、ちょっと用があって、立ち寄ったんだ」
青子は照れくさくて頬をかいた。
「そうだったんだ。凄く良かった。私今度、自分の国戻ってコンビニ開く」
「ええ、そうなんだ!」
青子の声に周りが振り返り、青子は慌てて自分の口を押さえた。
「主婦でも時間枠で外に出て働ける場所を作りたい」
アブドルは優しい笑顔のまま言った。
「‥‥‥そっか」
青子は心の中でそう上手くいくかなと、他人事だけれど心配になった。
日本は共働きでも生活がきつい人が沢山いると聞くし、青子が高校生の頃には、扶養内で働ける時間が狭まり、多くの主婦パートが一斉に仕事を辞めるということが起こり、ニュースにもなった。
「何ごとでも、やってみないと分からないんだよ」
アブドルが青子の心配を見透かしたように言った。
「そうだね」
青子はやはり今日、ここに来て良かったと思った。
「私、ここで頑張れたの、いつも青の声が聞こえたから」
「ありがとう」
そんなことがあった翌週。
「姉妹校の方に人が足りないんだ」
青子が出勤して、教員室に来て校長に挨拶した直後、そんな話を急に持ち出された。
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