ニューシネマパラダイス

ネオまさよし

第1話

 映写室からカタカタカタ…とまるで小気味好い音が響く…大きめな映写機はコマ送りでフィルムを連続で休むことなく心臓と同じように、それはまるで生きていた。映写技師は客からは神様のように扱われ、またある時は悪者にもされた。でもその感情は全て受け止めた。

 フィルムから覗く無声のドラマは、唯一の娯楽であって、まさしくパラダイスなのだ。泣いたり…笑ったり…悲しんだり…怒ったり…そして愛し合ってキスした。皆それぞれの物語とクロスオーバーしていく。

 ひとりの男性が映写室のドアを開けた「ようこそ劇場へ。さぁささ…お席はまだ空いてますよ」と映写室からお声掛けした。…カタカタ…と小気味な音は居心地が皆にはよかった。

 蒼い瞳の少女は「ありがとう」とうなじから両手で長い金髪を1回滑らかにクシのように流し髪の毛はふわっと舞い上がり落ち着いた。少女は頷いて客席に座った。ブゥ〜と上映のブザーが汽笛のようになった。


 ヨーロッパ大陸の南東に伸びた。まるでロングブーツを模った形をした半島があった。イタリア半島である。ブーツの先には、空気が抜けた潰されたサッカーボールが蹴られている様な装いがあり、まるで大陸間でサッカーを巨人が楽しんでいるかのように見えた。     そしてそのサッカーボールこそがシチリア島であった。


 シチリア島の北部海岸線に沿った街に住んでた男の子がかつて30年前に母親達とそこで細々と暮らしていた。男の子は小さな街の映画館へと通っていたのだが、映写機を通してフィルムの一コマのあるシーンが幼心を無我夢中にさせていた。

………

 そして…時は流れた。屋敷のベランダから眺めた海はティレリアの晴れた海が広大に望み何処までも地平線が伸びていた。


 ベランダに置いてある観葉植物を植えていた大きめの土色の花瓶は、水を与えられないまま植物はやや枯れきっていた。もう水遣りを気ままにできずに数日放置の状態も多々あって過ごす日々であった。


 それよりも何よりも、他の家事をせっせとこなす事で時間はだいぶ削ていくのだ。水遣りの余裕はなかった。


 そして側では白いカーテンが涼しげに潮風に揺られていた。


 初老の婦人はやや疲れてはいたが、まだ自立した生活をこなしていた。海からは海岸も近いことから波飛沫が音を立てていた。


 いつも耳で聴き取っている潮波の音は、静かに泡となり岩場にぶつかりパラパラと音が居心地さを感じさせ気分を落ち着かせた。


「サルヴァトーレ・ディ・ヴィータをお願いするわ」と初老の婦人は電話口の受話器を口元に持ちそう言った。ため息もつく。


「居ないのですか?まぁ私は彼の母親なのよ。もう何度も電話してますわ。そう彼の実家シチリアからね。」


「そこには居ないのですね。電話番号?それ教えてくださいな」と電話口相手から番号を教えてもらった。それを横に座って見守ってる娘が番号を紙に丁寧に書き留めた。


「もう忘れてるわ。母さんだって30年も逢っていないのですもの」


 そう言ったのは娘で鼻が細っそりとした綺麗な面影のある女性だった。まさに娘の母親の面影をそのまま残した感じだった。


 そう娘のその言葉を訊いて婦人は目線を下に向けそんな事ってあるかしらと思い漕がれた。婦人の眼はやや哀しみにやや潤う。


「連絡をどうしても取らねば、これは大事なことなの、そう私の息子にとって大事な事なのよ」落ち着き払った言葉は強く地面に根付いてる。


 婦人は彼の母親である。母親は強いのよと言わんばかりか気を引き締め直してその番号へとかけた。そして呟く


「忘れる訳ないわよ。きっと覚えてるわ。そう私は信じている」と娘に向かって言った。


「サルヴァトーレ・ディ・ヴィータをお願いします」ともう一度電話が繋がった相手に申し出た。信じてる心は、婦人の老眼鏡を外させたその仕草が決意としての表れだった。


 信号に差し掛かった高級車ベンツを運転していた中年の男がいた。中肉中背で髪の毛は白髪が混じっている。

 仕事帰りでの疲れはいつもの慣れた疲れであって家に帰って早くシャワーを身体に掛けたかった。

 車の窓越しに他のスポーティーな車の助手席にはイカしたパンク風の若い女が座り、男を眺めた。その誘惑する瞳には壮年の男性を魅了する怪しげな眼差しだった。すると側で運転してた彼氏らしいロッカーのパンク風な若造が…ギロっと顔を刺してきた。


「何こっち見てんだよ」と右手の中指を立てて…「ファックッユ」と睨み信号が青になると同時にもうスピードで爆音をたて威嚇しながら去っていった。パンクの若造は格好が不良の若者であるが、律儀に信号を守って中年の男へ中指立てて彼なりの挨拶をして締めくくり去ったのだ。


 中年の男はややホッと胸を撫で下ろした。そんな極悪非道な若者ではないのだと人の良心を持てる善良な不良だと感じとった。


 更に、そのパンク不良のカップルが立派な社会を支えてくれる次世代の宝物であるかのように彼の眼球の裏には映写機がそのビジョンを捉えて映し出され未来を展望するかのように見ていた。まるで容姿淡麗は異なるが、以前の自身のようなそんな気がしてならない。


 中年の男は、口角を斜めにわずかに上げ微笑んだ。その白髪混じりの男性は、ベンツが愛車として乗りこなしており収入が並の上とかなりの高収入の人物であることがわかる。


 そして男性もアクセルを踏み信号を抜けて自宅へと車を転がして行った。




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