転生侍女は、推しを死なせたくない

村沢黒音

第1章 推しの侍女になりました

1.前世の記憶を思い出しました


 私はどこにでもいるような普通の女子高生だった。

 普通というよりは少しだけオタク寄りの……ううん、かなり重度なオタクの。


 兄の影響で小さい頃から私の身近にはゲームがあった。物心ついた頃には、兄がテレビでRPGをプレイするのを楽しみながら見ていた。少し大きくなってからは、2人プレイできるゲームで一緒に遊んだ。モンスターを育てるゲームでは兄とバージョンちがいのソフトを買ってもらって、育てたモンスターを交換したりもした。


 こうして立派なゲームオタクと化した私。

 毎日考えることはゲームの攻略か、推しキャラのことくらい。


 そんな私に、人生の転機が訪れた。


 その日、私は睡眠不足だった。

 あることが原因でショックを受けて、寝不足に陥っていたのだ。


 回らない頭でふらふらと歩く私。

 横断歩道を渡っている途中、それは起きた。


 ハッと気づいた時には、眼前にトラックが迫っていた。

 急ブレーキの音。誰かの金切声。急激に回り出す視界。


 もしかして、私、このまま死ぬのかな――?


 ブラックアウトしていく意識の中で。

 私はぼんやりと考えていた。





 ――「あの人」も、この瞬間はこんな感じだったのかなって。





 + + + + +





 という、誰かの記憶が一気に頭の中を駆けめぐった。


 頭が痛い。ずきずきと痛むのは、いろんなことを思い出してしまったことはもちろん、物理的な外傷も受けてもいるから。


 ベッドの中で痛みに悶えながら、私は頭を抱える。


 私の名前はルイーゼ・キャディ。

 王宮に仕える侍女の1人。17歳。

 前世はオタク女子の高校生。


 そうだ。確か私はあの日、交通事故に遭ったんだ。

 そして、この世界でルイーゼとして生まれ変わった。


 私の家は王都からは少し離れた農村にある。貧しい家の生まれで、両親の稼ぎだけでは暮らしていけず、私は12歳の時に奉公に出されることになった。


 始めは地方の貴族の家で侍女として仕えていた。ご主人様に付き添って王宮に出入りしていた時、城の人が私の仕事ぶりを評価してくれ、引き抜かれる形で王宮へとやって来た。それが1か月ほど前のこと。それからは王宮の侍女として働いていた。


 私はベッドの中で頭を抱えた。

 頭が痛い。どこかに強くぶつけたらしい。その拍子に前世の記憶が蘇ったようだった。


 ルイーゼとしての私。日本で高校生だった頃の私。2人分の記憶が頭の中で渦を巻いていて、目を回しそうになる。


 それにしても、私はどれだけ強く頭をぶつけたのだろう。いったい何が起こったんだっけ……?

 記憶が混濁している。


 深く考えようとすると、はまっていたゲームの攻略情報とか、小言がうるさいお母さんの顔とか、前世の記憶が流れてくる。

 だから、今の自分の状況がよくつかめないでいた。 

 

 その時だった。


「目が覚めたのか」


 扉が開く音。誰かの声と、足音が響いてくる。氷のように冷たい声に、私は背筋をピンと伸ばした。

 ベッドへと歩み寄ってきたのは、顔の見えない人物だった。

 フードを目深にかぶっているせいで、顔が見えない。そんな得体の知れない人物に近寄られて、私は身を引いた。


「あの……えっと……? 失礼ですけど、どなた様でしょうか……?」

「記憶が混濁しているのか? 僕だ」


 その人物は訝しげに告げて、フードをとった。


 ぱさり、と夜空を溶かしたような紺色の髪が流れる。

 私は絶句した。いろいろな情報が頭の中であふれて、パンクするかと思った。


 まず、1つ目。


 目の前に現れたのはとんでもない美少年だった。その顔を見つめて、思わず息を止めてしまっていたくらいだ。私の吐いた息で彼を汚してしまうかもしれない! とか、意味のわからないことを考えてしまうくらいの美形ぶりだった。


 さらさらの髪は短くて、男の子らしい髪型だ。ぱっちりとした目と、小さな鼻と口、完璧な卵型の輪郭――整いすぎている見目のせいで、少年というより「ボーイッシュな美少女」に見える。

 宝石のように輝く空色の目は、つり目がち。つんと尖った唇と合わせて、気難しそうな表情だ。


 近寄り難い雰囲気の少年だった。


 更に、驚くことに。

 彼の髪の中から、ぴょこんと生えている三角形の物体。2つあって、どちらも髪色と同じ紺の毛でおおわれていて、もふもふだ。


 猫耳!?

 猫耳美少年、きたこれ!


 そして、極めつけには――


 彼の顔。

 死ぬほど見覚えがあるのだ。


 ルイーゼの記憶と、前世の記憶の、|両方で(・・・)。


「あ、あ、あ」


 私はバカみたいに口をぱくぱくさせて、息を吸いこんだ。

 そして、声の限りに叫んでしまった。


「アイル・レグシール様~~~~~~~~~!!?」


 私は敬意をこめて、その名を呼んだ。


 ルイーゼとしての記憶が彼の名前を告げている。


 レグシール王国、第三王子のアイル・レグシール。

 れっきとした王子様。にして、私の主君。

 もちろん私の立場からすれば、その御名は「様」付けで呼ばせてもらうのが当然だった。


 しかし、私が思わず、彼の名前を「様」と呼んでしまったのには、別の意味がある。


 アイル様は前世の私の推しキャラ。

 RPGゲーム『フェアリーシーカー』の登場人物の1人だったのだ。

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