第32話 真犯人

 騎士団に拘束されたのは想像もしない人物だった。

 M.アッサンの歌を世に広め絶大な人気を誇っていた人物。アンジェリーヌを恩人として感謝していたはずの歌い手ミレーヌ、彼が犯人だった。


 アンジェリーヌの歌は、ミレーヌを感動させた。

 そしてそれを惜しげもなく教えてくれるアンジェリーヌを尊敬し、歌を大切にするもの同士としても友情も感じていた。

 素晴らしい歌を、この感動を皆に知ってもらいたい一心で真心を込めて歌っているうちに、いつの間にかミレーヌは国中に名がとどろく有名な歌い手になっていた。

 アンジェリーヌやフェリクスと手を取り喜び合い、忙しくも幸せで……一番ミレーヌが幸せな時間だった。


 それなのに、フェリクスもその兄のナリスもアッサンの……アンジェリーヌの歌を求めるようになった。発声も歌の技巧も何もかもなっていない素人のアンジェリーヌの歌が心に染みると言い、涙を流す。

 ミレーヌの歌には笑顔で拍手し大絶賛をしてくれるが涙を流してくれることはなかった。


 そしていつの間にか、アンジェリーヌは別邸を出てロッシュ家の本邸で過ごすようになり、その騎士たちにアッサンとして歌を披露していると聞いた。

 なぜ?なぜ?なぜなんだ!?なぜ私じゃない?どうして素人の彼女に!?


 何度か本邸へ歌を教えてもらうために行ったが、アンジェリーヌは自分には教えてくれることのなかった明るく楽しいカーニバルのような歌や、命を懸けてこの国を守ってくれる騎士たちを優しく包み込むような歌を披露し、皆の心を掴んでいた。

 ショックだった。アンジェリーヌはこれから自分にはもう新しい歌を教えてくれるつもりはないのかもしれない。自分が表に出ようとしているのかもしれない。素人のくせに!


 そして公爵までもがその歌に聞き惚れ、公爵邸のミニサロンは評判となり、貴族たちが招いてもらおうと必死になっていると聞いた。

 そしてついに王宮にまで招かれるようになった。

 自分はそのどの場にも呼ばれることはなかった。

 同志なのに、一緒にやって来たのに、自分はこの国一番の歌い手なのに!


 歌い手のプライドが傷つけられた、

 許せなかった。

 アンジェリーヌがいなくなれば、アッサンの歌を歌えるのは自分だけ。

 皆が自分を見るだろう。本物の歌がどんなものか改めて知ることだろう。


 そしてミレーヌは一線を越えてしまった。

 だが、せっかく階段から落ちたアンジェリーヌが命を取り留め、改心のチャンスがあったというのに、再び人を雇ってアンジェリーヌを害そうとした。

 

 ミレーヌはせっかくの名声も歌も歌を愛する心も、大切な仲間も……何もかも手放すことになった。

ミレーヌは薬でのどを潰されたのち、強制労働を課された。

もう口ずさむことさえできなくなったのだった。

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