第23話 ロジェ 2

 ロジェは、憔悴しているペルシエ侯爵から婚約解消の手続きを進めて欲しいと連絡を受けた。

 その件に関してもう一度謝罪したうえで、自分の本心を伝えて婚約をこのまま続けたいと願い出た。

 しかし、ロジェがいくら二度と悲しませないと誓っても、ペルシエ侯爵はすぐに了承してくれることはなく、アンジェリーヌの気持ちを優先させると言われたのだった。


 ロジェはいまだにアンジェリーヌが見つからないことに焦っていた。

 無事でいるのか、おかしなことに巻き込まれていたいのかと心配が尽きない。

 もし自分で身を隠しているのであれば、皆にこれほど心配をかけているアンジェリーヌに怒りまで湧いてくる。

 婚約を解消したいのはわかる、ロジェの自業自得なのだから。

 でもそれなら姿を消さずに話し合いをするべきなのだ。貴族令嬢ともあろうものがあまりにも軽率すぎる。

「本当にどこに行ったんだ!」

 あんな大人しい令嬢が一人で生活ができるはずがない。誰かに匿われているならともかく、騙されてえらい目に合っているかもしれない、どこかへ売り飛ばされたり、もっとひどい目に合っているかもしれないと思うと震えが来るほど心配になる。


 ペルシエ侯爵も騎士団に捜索を頼んだそうだが、いまだ発見に至っていない。

 アンジェリーヌがロッシュ家にいるかもしれないという情報を得た侯爵は、ロッシュ家に確認に出向いたらしい。しかし、ロッシュ家にいたのはアンジェリーヌに似てはいたが、アンジェリーヌではなかったという。

 それでもアンジェリーヌの弟のアベルがロッシュ家別邸に足しげく通っていたときくと疑いたくなってくる。

 だってあのロッシュ家なのだ。

 あの時劇場で会ったアンジェリーヌに似た下品な女。同行していたのはロッシュ家嫡男。

 容姿は少し異なり、話し方も雰囲気も全く違ったからアンジェリーヌではないと言われ、疑いつつ引き下がりはしたが、もしかしてあれは本当にアンジェリーヌだったのかもしれない。

 対してペルシエ侯爵がロッシュ家で確認した女性ははっきりと別人と分かったというのだから、きっと別人を用意されたのだろう。

 あんな下品な女の振りをして、身代わりを立ててまでアンジェリーヌは、自分から逃れたかったのか。本当に自分の事などもうどうでもよくて、もうあの公爵令息と……そう思うと胸が痛くて苦しかった。



 ロジェはペルシエ侯爵に、最近のアンジェリーヌの事を教えて欲しいと頼み込んだ。

 最初はしぶっていた侯爵だったが、アンジェリーヌを探すための何かヒントになるかもしれないと食い下がると渋々ながらペルシエ家の恥だがと教えてもらうことが出来た。

 ペルシエ侯爵の話は驚くことばかりだった。

 アンジェリーヌが幼少期からどんな目に合っていたのか、チョコレートボンボンを口にしてからアンジェリーヌが変わってしまったこと、義母と離縁した事。家出をした理由はロジェではなく、家族にあった事。


 ロジェは、虐待の事を知り、胸が痛かった。

 なぜ守ってやれなかったのか。なぜ、自分まで冷たくし逃げ場所になってやれなかったのだろう。

 アンジェリーヌがマノンから『婚約者に泣きついてもそれは同情を引くためについている嘘だと彼も知っているから、言うだけ無駄だ。虚言を吐くと軽蔑されるだけだ』と言われてロジェに助けを求めることが出来なかったことを知る。

 以前、勇気を出して父に訴えたアンジェリーヌは信じてもらえないどころか、その後でマノンに折檻されて、誰にも何も言えなくなってしまった事も知る。

 彼女の落とした視線、出なくなってしまった言葉、影をひそめてしまった明るい笑顔……それらが、彼女が出していた助けを求めるサインだったというのに、自分も一緒になって冷たくしてしまった。

 最低な自分。悔やんでも悔やみきれない。

 彼女が自分の事など見限るのは当たり前だ。追いすがる資格さえない。

 それでもロジェはアンジェリーヌを手放すことは出来ないと思った。

 これまでの償いにもならないが、これからまた信用してもらえるように側にいる事を許してほしかった。

 


 ロジェは疑っているロッシュ家に手紙を出したが、当家は関係がないという返事が来た。

 ロッシュ家の別邸に出入りしているアンジェリーヌの弟のアベルに話を聞いても、ロッシュ家にいるアンヌは姉とは別人で歌を聞きに行っているという返事だった。

 姉の事は心配しているが、自分たちが追い出したも同然なのだから、無理やり連れ戻すことは出来ない。帰ってきてくれることを待っているという。


 それを聞いたロジェは、これまで辛い目に遭っていたアンジェリーヌを連れ帰るということは、またアンジェリーヌに我慢を強いるという事にようやく気がついた。

 ロジェはロッシュ家にアンジェリーヌがいるのではないかという疑いは捨てられなかったが、そうであればひとまずは無事でいるということだと無理やり自分を納得させた。


 不安しかないが、自分はまだ婚約者なのだから。

 いくらナリスとアンジェリーヌが親しくしていたとしても、勝手にアンジェリーヌが他の令息と結婚できるはずはない。

 アンジェリーヌに伝わるようにと願い、改心したこと、待っていることをアベルに伝える事しかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る