第16話 異世界の言葉は「神の御言葉」と押し通す

「アンヌ様、フェリクス様。今日もありがとうございました」

 歌い終わったミレーヌがアンヌとフェリクスに頭を下げる。

「お礼を言うのはこちらの方です。ああ、本当に素晴らしい!」

 アンヌは涙を拭いながら拍手を惜しみなく送る。

 アンヌはミレーヌに歌を教える傍ら、ミレーヌにまさし様の歌を思う存分聞かせてもらっていた。

 M.アッサンとして公にできる歌は限定的である。アンヌが大好きな「ま〇ろば」や「償〇」などの歌は、世界観や言葉がこの世界とはかけ離れすぎているからだ。

 舞台で披露は出来ないまさし様の歌たちを聞きたくて仕方がないアンヌはミレーヌに頼み込んで、がっつり伝授し、歌ってもらっている。

 他にも「飛〇」や「療〇所」など大好きだけど大々的に世間に披露できない曲を、この別邸で歌ってもらい曲に浸り、また時には一緒に歌ってカラオケ気分。


 昔は、まさし様の曲をカラオケで入れるとすぐさま、他の曲を入れられて何とか歌わせまいとする友人たちの横やりをかいくぐって歌っていたものだ。

 だからフェリクスやミレーヌのようにまさし様の歌を称えてくれる仲間が出来てとても嬉しい。ただ、フェリクスは歌詞に出てくる意味の分からない言葉を聞いて、訝し気に見てくるが「師匠の受け売りなので知りません」と、とぼけている。

 ミレーヌはどれだけ意味が分からなくても、音楽神から与えたもうたありがたい御言葉です、と何でも感激して喜んでくれているので何も問題なし。

「アンヌ様、もう少し楽に声が出るような姿勢と歌い方をお伝えいたしましょうか?」

「うれしいわ!」

 これまで自己流に歌っていたアンヌだったが、ミレーヌに発声練習や姿勢など基礎から教わったおかげで以前より歌がうまくなった気がしてとても楽しい毎日を過ごしていた。

 

 そんなある日、再びナリスからミレーヌの舞台に誘われた。

 今度の舞台は舞姫と対になる「〇優」という楽曲を主体として進められていた。悲恋をコンセプトにこの世界の楽曲と合わせたミレーヌの舞台の構成はさすがに見事なものだった。

 ミレーヌの歌を聞きながら止まらない涙を静かにハンカチで押さえる。

 空いた手に温かい手が重なる。ふと横を見るとナリスが私の左手を握りながらどこか切ないまなざしで優しく笑っていた。

「ナリス様……」

 以前、ナリスから忘れられない人がいるのかと聞かれた時に否と答えたが、きっとナリスは分かっていたのだろう。今また私が悲しみの中にいると気がつき慰めてくれているのだ。

 ナリスの優しさと温かさがじんわりと胸に染み入った。


「今日はフェリクスが楽屋に顔を出すらしい。私たちも挨拶に行こう」

 舞台が終わり、ナリスと二人でミレーヌの楽屋に行くとフェリクスが既に来て差し入れを広げていた。

 その他にもたくさんの花や贈り物がミレーヌの控室に届けられていた。

「ミレーヌ様! 今日も本当に素晴らしかったですわ!」

 感激していたアンヌはミレーヌに抱き着く。

「アンヌ様! ありがとうございます!」

 ミレーヌは心持ち頬を染め、アンヌの抱擁に応える。

「んっ、んんっ!」

 喉がいがらいのか、ナリスが咳ばらいをすると

「あ、すいません! 馴れ馴れしくしてしまいました」

 ミレーヌはパッと離れた。

 ミレーヌがナリスを見ると、ナリスは満足したように深く一度頷いた。

「構いませんわ、私から望んだのですもの。それに私たちはマッサン同盟の同志ではありませんか」

 ナリスとミレーヌの様子に何も気がつかないアンヌはあっさりとそういう。

「いえ、でも」

 ニヤニヤしているフェリクスの視線に苦笑しながらミレーヌは楽屋にある花束のうちの一つをアンヌに手渡した。

「こちらはアンヌ様に。本当なら一緒に舞台の上に立ち、M.アッサンとして紹介したいのですが」

「とんでもありません! お花をいただけるだけで嬉しいです、ミレーヌ様ありがとうございます」

「ミレーヌ、本当に大喝さいだったね。とても素晴らしい舞台だった。今後も楽しみにしているよ」

「ありがとうございます。フェリクス様にはいつも大変お世話になっております。今の私があるのもロッシュ公爵家とアンヌ様のおかげでございます」

「いや、フェリクスが支援したいと思う実力が君にあったということだ。本当に素晴らしい。ただ、まあ同志とはいえ作詞作曲家とは程よい距離をお願いする」

 ナリスが微笑みを浮かべながらミレーヌを称賛する。

「も、もちろんでございます!」

 ミレーヌはアンヌとナリスの顔を見てぶんぶんと首を振った。

「ん? どういうことですか?」

 アンヌが首をかしげる。

「ふふ、アンヌは自分の事には鈍感なのかな。元婚約者の本心も分かっていないようだったし」

「ロジェ様が何か? 残念ながらまだ元にはなっていないようですが」

 フーっとため息をつくアンヌに機嫌をよくしたようにナリスは腕を差し出す

「さ、前回のカフェを予約してある。お手をどうぞ」

「ありがとうございます。では、フェリクス様も……」

「いや、フェリクスはもう少しミレーヌの慰労があるだろうから。ね? フェリクス?」

「え? いや……あ、そうなんだ。だから兄上と二人で行ってきて」

 ナリスからの優しい圧力を正確に受け取ったフェリクスはアンヌの誘いを断った。

「ではミレーヌ様、舞台が全て無事終えられましたらまた別邸でお会いできるのを楽しみにしていますわ」

 今度ミレーヌの打ち上げパーティを開催し、もっとマッサン同盟の絆を強めようとわくわくしながら、アンヌは花束を抱えて劇場を後にした。

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