第9話 アンヌの新生活

 アンヌは街の食堂で元気よく働いていた。

「はい、お待たせいたしました」

 注文された料理をどんどんテーブルに運んでいく。

 その帰りに、空いたお皿を回収し、次の客の為にテーブルを綺麗に調える。

 食器の重ね方、無駄のない動きや手際に店主も感心してみている。ファミリーレストランでアルバイト経験のあるアンジェリーヌにとっては何でもない事だった。


「アンヌ、初めてとは思えないほどの仕事ぶりだよ。助かる」

「ありがとうございます!楽しくて仕方ありません」

 アンジェリーヌ――改めアンヌは自分の自由な暮らしの為に。そしていつか戻ってくるかもしれないアンジェリーヌに敷かれた道以外の自由な生き方もあるということを知ってもらうためにアンヌは家を出たのだった。

 アベルたちに街の事、生活の事を色々教えてもらったあと、治安のいいエリア内で家と仕事を探しておいた。

 何の能力もないアンヌが働けるところなど限られている。何度かお忍びでお店や食堂に通い、雰囲気の良い所に目星をつけておき、無事、街の食堂に採用が決まった。


「それに、アンヌのおかげで女性客が増えたし、感謝してるよ」

「とんでもないですよ」

 その食堂は、昼と夕方の食事時が非常に混雑する。

 しかしそれ以外の時間は客がまばらで、アンヌは近くに借りている家に戻ってもいい事になっている。 

 その閑散時間は、店主は休憩しつつ、お茶を飲みに来る数少ない客を一人で接客しているのだ。

 アンヌは帰っていいと言われていたが、この生活に慣れるためもありお茶を飲みながら店主のロンといろんな話をするのが楽しいので居座っている。

 その暇な時間に、口寂しく思ったアンヌが厨房を借りて手早くパンケーキを焼き、ロンと自分のおやつを作った。

 メレンゲを別だてにしたふわふわの厚みのあるパンケーキ。ふわふわ食感と香ばしく甘い香り。その上に乗ったバターのしょっぱさとはちみつの甘みでこれまでにないデザートにロンは大いに感動した。

 アンヌにすれば一番簡単なおやつを作っただけだが、この世界にはなかったらしい。

 感激したロンが自分の娘や息子たちに食べさせると子供たちも感激して、今まで逃げ回ってた食堂の手伝いを進んでやるようになった。

 そして幾人かの常連客に出した結果、それは正式なメニューとなった。パンケーキの珍しさと美味しさが口コミで広がっていくと、それ目当てに閑散時間に女性客がくるようになり、ロンにとってアンヌは店の救世主になった。

 代わりに休憩時間は減ったが、ロンが厨房を使っていいというのでいろんなお菓子を試作してみた。それを運よく居合わせたお客さんにも試食してもらうので、ますます評判となり、アンヌは家を飛び出したことで心身ともに充実した生活を手に入れたのだった。

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