7.即席パーティー
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「あなたならば、【
あれ。一体このクールな美人さんはなにを言っているんだろう? うん? 【
なんて僕が困惑している間にもマミヤさんは動き始めている。いきなり対面のソファから立ち上がる。……ここで声を投げなければ僕は置いてけぼりにされる。という感覚はきっと正しい予感に違いなかった。ゆえに僕は慌てて言う。
「あの、マミヤさん。僕にはマミヤさんの言葉が掴めないな。一体なにを言っているのかな」
「サブローさんをこの上なく信用し、信頼していると言っているんです。あなたならば、どんな状況であっても勇者として動けるはずだと」
「いやいや、それは過剰評価っていうものだね。僕は【
「問答している時間はありません。失礼します」
僕の言葉はすげなく払われてしまう。僕は間抜けに硬直するしかない。
その間にマミヤさんは素早く部屋を出て行った。残されたのは僕ひとり。湯呑みに入ったお茶は
……なんだ? なんなんだ? これからなにが始まるんだ? なにが起ころうとしているんだ? マミヤさんは僕をどうしてしまうつもりだ? 勇者の役割? 【
答えはもう見つかっている気がする。けれど直視する勇気すら僕は持ち合わせていない。ゆえに現実逃避するかのように机に残されているバインダーを引き寄せた。そして挟まっている書類を読み込んでいく。
それはマミヤさんが王国中の図書館を巡って発見したであろう文献だ。百二十年前に【ロールン大陸】の北端にあるダンジョンでなにが起きたのかという詳細だ。
とはいえマミヤさんが言葉で説明してくれた通りのことでもある。記載されている内容というのは『ダンジョンXの調査隊は行方知らずとなり、その一ヶ月後には【ロールン大陸】の村を発端とした、魔族との戦争が起きた』というものでしかない。
戦争とダンジョンXの関連性はどうだろう? あるかもしれない。しかして偶然かもしれない。
「さて。まったくもって、どうしたものかね」
ひとり呟いてしまうのは元々独り言の多い性格だからか。あるいは緊張と不安を心に帯びてしまっているからか。
こういうときに仲間がいると心強いんだけどな。そして友達がいれば心は安らぐ。つまり【
冒険者として活動を始めて一番驚いたのはパーティーというものが案外流動的であるという点だ。つまり僕たちのように五年間まったく同じ面子でパーティーを組んでいるというのはかなり希有であり珍しい現象らしい。大体は一年もすれば一人や二人は面子が変わって当然らしい。
なぜそんなことが起こるのか? といえばやはり成長率というものには人それぞれ個人差があるからだろう。一年もすれば実力が伸びた者と伸びなかった者に別れてしまう。そして伸びた者は他のパーティーにスカウトされるし伸びなかった者は首を切られてしまうのだ。
という点で考えてみれば【
ちなみに僕がS級なのにはワケがある。【勇者】という存在のずるさというか特別さというか。百二十年前から続いている伝統的な仕組みがあるのである。
「逃げ出したいけど、逃げるわけにもいかないしな」
ところで百二十年前には魔族との戦争があったがその戦争の黒幕には
なんて考えてみるとどうだろう。僕みたいな平凡な人間が勇者を名乗っているのはあまりにも
――ドアがノックされる。
一度聞いた音だから僕にはそのノックが誰のものであるか分かった。そして大方のこれからの流れというのも理解できた。だから反応せずに石になってソファに固まっておく。
けれど現実というのはいつも向こうから歩いてやってくるものだ。返事をしなくともドアは開けられる。そして姿を現したのは予想通りにペンシルさんだ。赤毛の犬耳がぱたぱたと動いていた。その動きは一体どういう感情から生まれるものなのか? 訊いてみたい気持ちになるが余計なことは訊かない。
「お茶のおかわりは要らないよ」
「えっ、あっ。そのぉ、お茶のおかわりとかではなくて、その、下にお連れしたいので」
「いやだ」
「えっ!?」
「どうやら知らなかったようだねペンシルさん。僕は結構な怠け者なんだぜ。動きたくないときには動かない。これが僕の信条だ。そして僕はいま動きたくない。だから動かない。下にも行かない。勇者として働くこともない。残念だ」
「でも、その、マミヤさんから伝えられているんですが、その……。もしもサブロー様が来ないようなら、非番の副会長に連絡すると」
「仕方ない。動くか」
冒険者協会の副会長。僕は彼のむかつくイケメンな面と爽やかな笑顔を思い浮かべる。それから
僕は諦めて立ち上がる。そして部屋に案内されたときの逆再生のようにペンシルさんに先導されて冒険者協会の一階へ下りた。
――冒険依頼の受け付け。報酬の受け渡し。食堂。酒場。そしてパーティを募集したりする多目的なフリースペース。
改めて見渡してみると冒険者協会というのは広くて人も多い。普段から騒然としていて当たり前といった様子だ。いまも普段通りの調子を取り戻しつつあるようだった。二階から下りてきた僕に視線を向ける者は多いけれど。まあかといって注目し続ける者はいない。
「――ああなんだサブローがいたのか。じゃあ安心だな」
「やっぱ勇者ってのは困難の起こる場所には駆けつけるものなのか?」
「俺も頑張んないとな。勇者じゃねえけどさ」
「【勇者の試練】っていまどんな難易度なんだろうな」
「一月前に挑んだ奴は亡骸になって帰ってきたらしいぜ」
「夢見るもんじゃねえなあ。凡才は凡才らしく、か」
「次の冒険はどこ行く?」
会話は例に漏れず聞き流す。そして僕はペンシルさんに先導されるままに協会の端にあるフリースペースへと向かう。
マミヤさんはフリースペースの奥に立っていた。
そしてマミヤさんの近くには八人ほどの集団が席についている。
僕は彼ら彼女らに視線を這わせる。……老若男女。獣人もいるな。全員が冒険者か。それも手練れだと分かる。もうすこしちゃんと観察すれば詳しい実力も分かるだろう。だがそこまで真剣に見てしまうと威圧的だとマミヤさんに怒られてしまうだろうからやめておく。
実際に過去に何度か。僕は観察によって相手を怯えさせたり泣かせてしまったりすることがあったのだ。以来反省してむやみやたらと相手を注目し続けないと決めている。
「来ましたか、サブローさん。では、紹介しますね。冒険者パーティーの【
「……ちょっと待った。一体どういうことなのさ?」
「? お分かりでしょう、サブローさん。【
「そこまでは分かるよ。でも、僕に紹介する理由が分からないな」
「嘘つきですね、サブローさんは。昔から変わりません」
悪戯めいたマミヤさんの口調には妙な色気があった。そして僕がすこしだけ心臓を跳ねさせている間にマミヤさんは二の句を継ぐ。
「調査隊のリーダーはサブローさんです。そして【
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