第二章 ダンジョンX調査隊

5.魔神の予兆


   5



 ああ。マミヤさんは一年前とまるで変わっていない。その怜悧れいりな顔つき。百人が百人「美人」と回答する容姿もそうだ。雰囲気もそうだ。口調もそうだ。ピアスもそうだ。


 また「さて、仕事の話をしましょうか」という切り出し方も僕としては涙が出るくらいに懐かしいものだった。これこれ! なんて馴染みのお店の美味しい料理に食いつくみたいに心が跳ねてしまう。


 ソファから立ち上がった僕は自然と手を広げてマミヤさんに再会の抱擁を求めていた。けれどマミヤさんは首を傾げるばかりである。その冷たい視線が「なにをしているんですか?」とマミヤさんの心情を明確に告げてくる。それでいい!


 さて。


 僕はまたソファに腰を落ち着かせる。そして今度は対面にペンシルさんではなくマミヤさんが腰掛ける。


 マミヤさんは手に持っていたバインダーをガラスのローテーブルに置いた。バインダーには書類の束が固定されている。


 すこし間が空いた。お互いになにも喋らなかった。ただ視線をお互いの顔に這わせていた。それは懐かしさに感じ入るような視線だった。やがてマミヤさんは僕を上目遣いに捉えるようにしてから言う。



「ここに来たということは、サブローさんもやる気があるということで認識してお間違いないですね? 逞しくなられたようでなによりです」

「わーお。よく分からないけど、ちょっと待った。まずは再会を喜ぼうよマミヤさん。一年ぶりだよ? ほら。実は僕、ここに来る前に高等学園時代の後輩ちゃんと会ってきたんだけど、結構喜んでくれてたんだよ?」

「そうですか。だからお酒のにおいがするんですか。しかも後輩ちゃん、ということは女性ですね。昼間から女性と酒場で密会とは、やはり逞しくなられたようですね」

「うーん。変わらないねえマミヤさんは」

「ええ。私は変わりませんよ。ところでサブローさんはどうでしょう。なにか変わったところはありますか?」

「……立場かな?」

「半年前ですか? S級の認定を受けたのは。おめでとうございます。出来るならば私が担当として関わりたかったんですがね?」



 本当に祝ってくれているのかどうか怪しい口調の理由は最後の言葉に詰め込まれているらしい。まあ確かに僕は【ズミナー共和国】の冒険者協会においてS級の認定を受けた。


 本来であれば自分の故郷である冒険者協会でグレードの認定を受けるのが普通だ。というか通例だ。しかしA級以上の認定には大陸にある冒険者協会すべての審査が必要である。ゆえにグレードを上げて良しと判断されたならば【ズミナー共和国】の冒険者協会でも認定を受けることは可能なのだ。


 まあ僕としても出来るならば【ライネルラ王国】でS級の認定を受けたかった。王国での担当者であるマミヤさんから祝いの言葉を頂きたかった。しかし時期が悪かったのだ。そこは不運である。


 ところでペンシルさんはいつの間にか部屋を出て行ったようだ。仕事に戻ったのだろう。



「次はDoubleダブル・Sですか。遠い道のりですが、頑張ってください」

「……いや。さすがにDoubleの道のりは厳しいと思うけどね。大陸を探しても数人しかいないでしょ?」

「サブローさんなら可能でしょう。期待していますよ」

「うーん。重すぎるかもなぁ、期待が」

「次は私が担当しますからね。約束ですよ?」



 ……たぶん他の人は気がつかないであろう角度で微妙にマミヤさんの口角が上がっていた。キサラギ師匠に「目が良い」と評されている僕は気がつくことが出来た。


 僕は腰に巻いているサバイバルポーチに意識を向ける。その中に入っている『退職届け』と書かれた封筒を思う。それからぎこちなく頷いた。



「よろしい。それでは、ようやく仕事の話に入れますね?」

「仕事の話かぁ。……僕、怠け者だから仕事をしようなんていう気にはまったくなれないんだけどなぁ」

「その点は昔から変わりませんね。とはいえ大丈夫です。冒険者のやる気を引き出すのが我々の仕事であり、サポートするのも我々の仕事ですから」

「……一応、ペンシルさんから簡潔には聞いたけど。【ヨイマイ森林】の東部にある【トトツーダンジョン】。本来であれば機能していないはずのそこ――通称ダンジョンXエックスが、不意に、高密度のマナを噴き出したと」

「概要としてはそうです。ところで王国中の図書館を回りまして、百二十年前に一件だけ、同様の現象が起きたことを確認しています」



 とんでもないことをさらっと言うので不思議と当たり前に聞こえてしまう。同様の現象が起きた? いや違う。驚くべきところはマミヤさんの有能さだ。現象が起きたと【王国魔術団】から報告があったのが三十分前のはずだ。それで? よくぞまあ百二十年前の一例を見つけ出せるものである。


 しかもたぶんそれは王国に起きた事件でもないだろう。


 もしもそんな珍しい現象が王国に起きたとなれば小等学園の義務教育上において必ず学んでいるはずだ。歴史の授業で。それを学んだ覚えが僕にない以上は王国ではない別の場所で起きた事例ということになる。


 そして僕の予想通りにマミヤさんは言う。



「【ロールン大陸】の北端にあるダンジョンにおいて、同様の現象が起きたと文献に記載がありました」

「ああ、【ロールン大陸】かぁ。行ったことがないや。しかも北端となると、かなり寒そうだね。ただでさえ一年中寒い地域で有名なのに」

「ええ、まったくです。デーモン・イエティの毛皮を羽織っても震えは止まらないでしょうね。私は寒がりですから」

「寒がりなんだ……」

「ええ。そんなことはどうでもいいのですが。……時に、サブローさん。百二十年前と聞いたとき、なにか心に引っかかるものはありませんでしたか?」

「ないといえば嘘になるかな」



 嫌な聞き方だった。けれどそういう聞き方をしてくるということはなにかしらの関連があるのか。それは嫌な想像だけれどあり得ない話ではないだろう。


 ――百二十年前といえば、人間と魔族の戦争が始まった年でもある。


 それまでの魔族というのは人間と相容れないながらに共存していた。狩るか狩られるかの関係性ではあったものの集団で住処に攻め入ったりなどということはなかった。互いに休戦状態とでもいうべきか。


 しかしていまから百二十年前――魔族の集団が人間の村に侵攻したことを発端として各所で戦争は勃発した。もちろん【ライネルラ王国】においてもそれは例外ではない。たくさんの犠牲者が出たのだと学んだ記憶がある。



「まさか、関連とかはないでしょ? あの戦争と」

「……百二十年前、【ロールン大陸】の北端ダンジョンにおいて、調査隊は戻ってこなかったそうです」

「戻ってこなかった?」

「ええ。帰還せず。詳細は不明。行方知らずになった。との報告だけが、文献には記載されております。そしてそれから間もなく――が復活し、戦争は勃発しました」

「……聞きたくないなあ、そういう話は」

「それで、サブローさん。――【原初の家族ファースト・ファミリア】の皆さんを招集していただけませんか?」



 マミヤさんの雰囲気が変わる。


 スイッチが入ったのだ。


 仕事の鬼になるスイッチが。


 となれば僕もスイッチを切り替えなければならない。始まりがたとえイタい勘違いであったとしても僕は勇者だ。腐っても冒険者だ。頑張らなければならない立場にあるのだ。


 だから頑張りたい。


 頑張りたい。


 とは思うのだけれど。僕はうなだれる。そして正直に言った。



「――ごめん。【原初の家族ファースト・ファミリア】のみんな、いま行方知らずなんだよ」



 遅れて聞こえたのは「は?」というマミヤさんの間抜けな声だった。それはもしかすると五年間ではじめて聞いたマミヤさんの困惑の声かもしれなかった。




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