第8話 昔の話
『………そうか。あれを、見たのか』
父親に「エルメランドのサーダイン大聖堂って知ってる?」という文言と共に、スマホのカメラで撮影したあの肖像画の画像を添付したショートメッセージを送った途端、父から着信が入る。
「取引先の会議はいいの?」
『さっき終わった』
「そう」
『………その、まあ、信じるか信じないかは自由だが、そこは、父さんが昔行ったことがある国だ。地球上の、どこでもない場所だ』
「………そんな気は、する」
『……聖女の力で、神様とやらに選ばれて、あの剣を与えられた。……父さん自身も、色々とすごい力を与えて貰ったよ。おかげで、どんな魔物も一刀両断だった。困ったときには剣が光を放って色々と導いてくれた。世界を救う神の威光、というやつだった。………父さんは、何ひとつ困ることなく、魔王を倒したんだ。そう、何もかも『神様の力で』成し遂げたわけだ』
まるでゲームの中の話のようなことを真剣に話す父の口調の中に、言い知れぬ自嘲が混じっている。
『誰からも感謝されたし、仲間にも恵まれた。その絵の………ミラベルは、そう、懐かしいな……』
「元カノ、みたいな?」
『はは、そうだな。聖女様を恋人にして、不埒だ、と、仲間の神官からは咎められていたな』
「………愛し合ってたの?」
思わず、柄にもないことを聞いてしまう。少しの沈黙の後、父が答える。
『………昔の話だよ。この地球の話ですらない』
この口調から察するに、父はあの少女のことは知らないのだろう。言うべきなのか悩んでいると、父は続けた。
『それでも、自分が恐ろしく嫌になった。神や聖女や剣の力で、世界を救ったのは確かだが、そこに「自分の力」はなにひとつ入っていやしない。魔王を倒した後は、自分の気持ちがどこにあるのかさえ、段々わからなくなった。何を次にするべきなのかも、何が自分に出来るのかも、そもそも本当の自分というやつも何もわからない。恐ろしかったよ』
「それで、日本に戻ってきたの?」
『神は勇者の願いを聞き届けてくれたというわけだ。………で、日本に帰ってきた後は、ひたすら努力を重ねた。自分の、自分だけの力で、何かを興したい。自分だけでも、何かが出来るってことを、どうしても証明したかった。それで、会社を立ち上げて、社長になった。……父さんは、自力で、自分の力で、とにかく何かを成したかったんだ』
吉宏は思わず、あまり幸せそうには見えなかった、どこか寂しい目をしたあのアデルと名乗った少女のことを思い出す。
「ミラベルさんは、どうしたの」
『………別れを言うと、反対されると思ってな。何も言わないまま、ここに帰ってきた』
「そう。子供は?」
『子供? 何の話だ?』
「あ、ううん、なんでもない。あ、母さんが呼んでるから切るね。お風呂入らないと」
『………わかった』
スマホを切って、吉宏は考え込む。あの、姉かも知れない少女アデルのことは、自分ひとりの胸にしまっておくべきことなのだろうか。何度考えても、どうするべきかは、わからなかった。きっとこの先も、一生わからないままなのだろう。
鉛を呑んだように、心が妙に重い。思わず部屋のベッドに突っ伏して、吉宏はそのまま沈んでいく心と共に、目を閉じた。
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