第30話 天上界16日目 その2 『異世界は扶養控除の範囲内で』

「あの、さっきからオプションって言ってますけど、基本料金は安いのに、オプションで稼ぐビジネスモデルだったりします?」

「ビジネスモデル? あなたは天上界を何だと思っているの? 全部無償に決まっているでしょ」

「オプション付け放題なんですね! それじゃあ、この前みたいに、モニア様にハグしてほしいです」

「そんなオプションはありません!」


「あと、転生先なんですけど、俺はどんなところに着くんですか」

「それはこれまでさんざんやりとりしてきたじゃない!」

「そうじゃなくて、街中とか、山の中とか、どんなところに着くのかってことです」

「街中だと向こうの人がびっくりするし、人里離れた山の中だったら遭難しちゃうでしょ。街の近くの原っぱにでも着くようにするから、安心しなさい」

 私たちだってそれくらいは配慮するわ。

「それから、それから……さすがにこれくらいですかね」

 

「さあ、これで本当に本当におしまいね。ここまで長かったけど、転生先もスキルも持ち物も着く場所も全部決まったし、いよいよ旅立ちね」

「これまでお世話になりました。こらからもよろしくお願いいたします」

 俺は深々とモニア様に頭を下げた。


「これからもって何よ。あなたにはこれから、自分の力で転生先で活躍してもらわないといけないのだから、私にできることはないわ。というか、私を頼らないでね」

「いやでも、圭の助けを借りるときは、いったんここに戻してもらわないといけないですし、これからも頼りにしていますよ」

「あなたねえ、圭ちゃんを呼ぶのは、それはどうしてもってときよ。転生する前から妹さんをあてにしてはだめよ」


「わかってますって。そんなことしょっちゅうあるわけないじゃないですか。せいぜい三日に一回くらいだと思いますよ」

「あなた、そんなに圭ちゃんを働かせるつもりなの。圭ちゃん中学生でしょ」

「いやだなあ、それが上限って意味ですよ」

「その上限はいったいどこから出てきたの?」


「圭をタダ働きさせるわけにはいかないですから、アルバイト代くらい出しますよ。一時間に千円のアルバイト代を出すとして、一日八時間で八千円。それで一年の三分の一、百二十日働いてもらうとすると年九十六万円ですから、百三万円の親の扶養控除内に収まります」

「世の中のどこに、扶養控除内とか考えて異世界に助っ人を呼ぶ人がいるというのよ。いや、もっと圭ちゃんを呼べっていう意味ではないですけれどね」


「向こうで書くラノベのアイデアがひとつ湧きました。『異世界は扶養控除の範囲内で』ってどうですか」

 モニア様は下を向いて何度目かのため息をつき、そして顔をあげた。


「最後の最後まであなたって人は。まあ、こういうバカ話が私たちのお別れにぴったりかもしれませんね。さあ、送り出すわよ。もう戻ってくるんじゃありませんよ」

「モニア様、それ、刑務所を出所する人を送り出す言葉ですよ」

「あら、あなたにはふさわしい餞の言葉だと思うけどね。じゃあ、いいわね。ハンカチは持った?」

「持ちました」

「ティッシュも持った?」

「持ちました。そこまで揃えてもらってありがとうございます。でも、モニア様、それじゃお母さんですよ」


「六百歳近く年上だから、お母さんじゃなくてご先祖様かもしれないわ。じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」

 そう言って、モニア様は俺をハグしてくれた。

 優しいオーラや甘い香りに包まれる。

 モニア様、あなたは最後まで女神そのものでしたよ。

 右手に旅行カバンを提げているので、全力で抱き返せないのが残念だけど。

 

「ハグはおしまい! さあ、新しい世界に旅立ちなさい!」

 そう言ってモニア様は両手のひらを俺に向けて、光を浴びせた。


 目の前から姿が消える瞬間、モニア様はこれまで見たことのない笑顔を見せてくれた。

 俺を最高の笑顔で送り出してくれたのかな。

 俺を厄介払いできて心底嬉しかったのかもしれないけれど。


「モニア、お疲れ様でした。あなたはよくやってくれましたよ」

 こいつを送り出したと思ったら、いきなりエニュー課長が現れたのでびっくりしたわ。

「エニュー課長、どうしたのですか。ひとり送り出しただけなのに労っていただくのは初めてですね」

「今回は特別よ。面倒かけましたけど、あなたは本当に粘り強く対応してくれました。あの男を無事に送り出せて、私たちも安心しましたよ」


「安心ですか。こいつのことは丁寧に対応するようにって言われていましたけど、いったいどうしてだったのですか」

「それはモニアが私の地位になればわかるわ。それと、あの男の場合、送り出してもあなたとの縁は切れなかったわね。手間をかけるけど、あの男が転生先で活躍できるよう引き続きよろしくね」


「エニュー課長、そうしたら一日のノルマを減らしてもらえませんか」

「それとこれとは話が別。さ、次の転生者に取りかかりなさい」

 どうやらノルマに追われる私の毎日には変わりはないようね。 


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