第29話 天上界16日目 その1 「Calamus Gladio Fortior」
「さあ、目覚めるのです。新しい世界への扉が待っています」
「あれ、モニア様、起こす言葉が元に戻っていますね」
「転生先もスキルも決まったし、あなたを起こすのもさすがに今日でおしまいでしょ。だから初心に戻ってみたのよ」
「懐かしいフレーズですね。ずっと昔に聞いたように感じますね」
「いったい誰のせいだと……いいわ、今日で最後なのだから。それで、『ペンの力』の新しい名前は決まったの?」
「『The pen is mightier than the sword.』てことわざ、ご存じですか?」
「もちろん知っているわ。『ペンは剣よりも強し』でしょ。というか、神は人間のどの言語も思念に変換して理解するから、何語で言われてもわかるわ」
「そうしたら、同じ言葉を何語にでも変換できますよね」
「それもできるわ。そうしないと、私の思念を人間に伝えられませんからね。で、朝一からあなたはいったい何を言っているの?」
「さっきのことわざ、どこか地球の言葉で必殺技みたいにならないかなって思ったんです」
「一晩かけて考えてそれなの? わかったわよ、これが最後だからサービスよ」
そういってモニア様は目を閉じて、何かを口の中で唱え始めた。
ほんのひとときののち、モニア様は目を開けた。
「Calamus Gladio Fortior」
「えっ?」
「Calamus Gladio Fortior」
「発音がよすぎてわかりません。カタカナで言ってください」
「面倒ね。カラムス・グラディオー・フォルティオル」
「それ、何語ですか?」
「ラテン語よ。普段使わない言語だから難儀したわ」
ラテン語がわかるのに、どうして中世ヨーロッパがわからなかったのだろう。
ラテン語はもっと古いのに。
いや、俺もラテン語が実際に使われていた時代いつかは、正確には知らないけれど。
「どう、これなら必殺技っぽいでしょ。それに三つの単語だから言いやすいでしょ。もっとも、あなたに覚えられればだけどね」
「カラムス・グラディオー・フォルティオル、カラムス・グラディオー・フォルティオル、カラムス・グラディオー・フォルティオル。覚えました!」
「本当に? じゃあこれでいくわね。実際はそのスキルを使いたいという念で発動されるから、スキルの認識さえあれば、名前は何でもいいのだけれどもね」
いいんかい!
「じゃあ、カラムス、でもいいんですか?」
「大丈夫よ。それにカラムスはペンという意味だから、ちょうどよいわ」
それでもいいんかい!
「じゃあ、それでお願いします」
「じゃあこっちに来て。胸に手を当てるけど、今度は『わふん!』なんて言わないでね。では、神モニアの名において、汝、有島太郎にカラムスのスキルを授与する」
俺の胸にモニア様の手から何かが注ぎ込まれた感じがして、体全体が熱くなった。
魔法のスキルを授与されるってこういうことなんだ。
これはいよいよ覚悟を持って転生させてもらわないといけないな。
「これで本当におしまいね。さ、出発しますよ。さあ、新しい世界に」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「またなの? いい加減にしてほしいわ。今度は何なの?」
こいつは最後の最後まで、面倒かけるつもりなのかしら。
「いや、転生にあたって、まだいくつか確認しておきたいことがありまして」
「本当にこれが最後ね。わかったから手短かにしてね」
「最初にですけど、言葉ってどうなるんですか。向こうの言語の習得から始めるとしたら、いつになったら魔王と戦えるのかわからないのですが」
「それは心配ないわ。あなたがラノベとかアニメとかで知っている異世界ものって、みんな何語でしゃべっていたの」
「普通に日本語でしゃべっていましたけど、あれはあくまでも創作の世界で、実際に行ったらどうなるかわからないじゃないですか」
「それは大丈夫よ。転生は言語習得スキルとセットだから、向こうについたとたん、あなたには向こうの言葉がわかるし、あなたがしゃべる言葉も向こうの人にはわかるわ」
「日本語はどうなるんですか?」
「普通の転生は一方通行だから、日本語はきれいさっぱり忘れてしまうわね」
「それじゃあ俺は、圭やモニア様とどうやって話をするんですか?」
「さっきも言ったように私の場合は何語でも問題ないけど、圭ちゃんとの場合は困るわね。じゃあ、特別に日本語を忘れないオプションも付けてあげるわ」
私って本当に親切だわ。マジ女神。
「それから、服装です。俺は見ての通りワイシャツとスラックス姿ですが、このままの姿で行くんですか?」
「それのどこに不都合があるの。お望みの気候のところに送ってあげるんだから、その姿で寒いこともないでしょ」
「寒くはないかもしれないけれど、着の身着のままって不安じゃないですか。せめて二泊三日分くらいの着替えがほしいです」
旅行に行くのじゃないのだから。
「どの転生者もそうやって向こうの世界に行って、自分でなんとかするの。どこの世界に旅行カバンを提げた転生者がいるというの」
「俺は前例踏襲ってイヤなんですよね」
「あなた官庁勤めだったのじゃないの。官庁って前例踏襲の世界じゃないの?」
「あ、モニア様、それは偏見ですよ。社会は急速に変化しているから、前例踏襲じゃ官庁もやっていけない時代になのですよ」
「じゃあ、特別に特別に、二泊三日分のお着替えオプションをつけてあげるわ。パンツとシャツと靴下と、ハンカチやティッシュも必要ね。あとワイシャツも、パリッと糊の効いたのを付けてあげるわ」
こうなったらとことん付き合ってあげるわ。今日で最後なのだから。
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