第24話 天上界13日目 その2 私の胸の感触を味わっているんじゃないわよね
「役所では、新しい奨学金の仕組みを作ろうとしていました」
これは本当だ。作り上げたと言えないのが残念だが。
「それはどういう仕組みなの?」
「奨学金というのは、給付型の奨学金と、貸与型の奨学金があります。ただ、給付型は利用できる人が限られており、多くの方は貸与型の奨学金を利用しています」
「奨学金で学校に通えれば、卒業後に働いて返すことができるってことね」
「それがそんなに簡単なことじゃないんです。卒業しても非正規雇用の職に就かざるを得ない場合があるし、正規雇用の職に就けても、昔みたいに終身雇用が当たり前ではなくなってきています」
「そうすると、返せると思って奨学金を借りても、返済が厳しくなることがあるわね」
「そうなんです。なので、卒業後の経済状況に合わせて返済方法を変更できたり、状況によっては返済が免除されたりするような、柔軟な仕組みを作ろうと思ったんです」
「あなたが過労死してしまったのは、それが原因なの?」
「はい。そうした仕組みを作るには、公金の投入が必要になるので、国民の理解が必要になります」
「それはわかるわ。いくら正しいと思ったことでも、理解を得られないと先には進めないわね」
「そうなんです。なので仕組みを作るだけではなく理解を得るための方策も必要で、寝る時間も惜しんでなんとか案を作り上げたと思ったのですが……」
やっと大臣レクの資料を作るところまで来たのになあ。
「あなたがそういう仕組みを作ろうとしたのはなぜ?」
「俺は大学生のとき、アルバイトで家庭教師や塾の講師をやっていたんです。ところが、そうして教えている子のなかから、家庭の環境の変化などで、進学を断念する子も出てくるんです」
「それは教える側からしたら辛い話ね」
「それで、そうした子たちに何かできないかと思ったのが原点です」
自分はごく当たり前のように進学できたというのに。
「それからどうしたの?」
「それまでは、自分の就職先について、しっかりしたイメージは持っていなかったんです。
それで、子どもたちに何かできないかと考えた結果が官庁でした」
「官庁って、あなたの世界ではいいイメージが持たれていないこともあるようね」
「そうなんです。高級官僚とか言われて、世間から隔絶しているように思われることもあります」
「でも、あなたはそこで頑張ったのよね」
「頑張っても、死んじゃったらなんにもなりませんけどね」
そこまで言ったところで、モニア様が神座を下りて、いつものパイプ椅子に座っている俺の所にやってきた。
何をするんだろうと思ったら、俺の頭が何やら柔らかいものに包まれた。
どうやら俺はモニア様に抱きしめられたらしい。
柔らかいものに包まれたという感触だけでなく、優しいオーラも感じられる。
今まで経験したことのない甘い香りもして、心がとても安らかになる。
モニア様、やっぱり女神様なんだな。
こんなにも、人を癒やす力を持っているのだから。
「有島さん、きっとそういう努力をされてきたことが、転生者に選ばれた理由だと思うわ。あなたには転生する資格が十分にあります。自分なんかが転生させてもらってよいかなんて考えちゃだめよ」
そう言ってもらえて、少し気持ちがほぐれてきた気がする。
「俺は転生させてもらっていいんですね」
「そうよ。だから自信を持っていいのよ」
モニア様、ありがとうございます。
どうして選ばれたかではなく、これからどうするかを考えていこうと、ちょっと前向きになれたかな。
あれ、こいつと少し距離を取ろうと思っていたのに、距離を取るどころかゼロ距離になってしまったわ。
思わず抱きしめてしまったじゃないの。
頑張る人は嫌いじゃないわ。
こいつにはとても及ばないかもしれないけど、私も頑張っているといえば頑張っているのだけど。
私が転生の神務を頑張っているのは、出世のためとこいつに言ったことがあるけど、ただ偉くなりたい訳じゃないの。
出世すれば、転生者選定の神務に就くことができる。
転生担当をやっていると、どうしてこの人が選ばれたのかと思うときがあるの。
また、たまにだけど、どうして自分が選ばれたのかと疑問を口にする人もいるわ。
限られた人数しか転生させられないとしたら、誰が見ても転生に値する人を選んであげたい。もちろん今の上司たちよりうまくできるかはわからないけど。
そうすれば、転生担当も自信をもって転生者を送り出すことができるし、転生者の迷いもなくしてあげられる。
こいつに当たったことで散々面倒をかけられてきたと思っていたけど、そうした思いを新たにすることができたわ。
だから、こいつに当たったことにはある意味感謝……感謝とまではいかないけど、そんなに距離は取らなくてもいいかもしれない。
「もう少しこうしていてあげるわ。頑張ってきたあなたへのご褒美よ」
人間を抱きしめたことなんかなかったから、これがご褒美になるのかは正直言って自信はないわ。
でも、これでも女神だから、人間を癒やす力くらいはあると思うわ。
そうしているうちに、こいつが私にもたれかかって来た。
あ、こいつ、私の胸の感触を味わっているんじゃないわよね。
やっぱりこいつは油断ならないわ。
そう思ったけど、どうやら眠ってしまったらしい。
なんやかんや言っていても、慣れない天上界で疲れていたのでしょうね。
今日もこいつを転生させられなかったけど、こればっかりは仕方ないわ。
また明日ね。
今日はゆっくりお休みなさいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます