第22話 天上界12日目 その2 神はトイレに行かないから、便座なんて座ったことないわ!

 上司や同僚にこんなところを見られたら、私が転生権限を笠に着てパワハラを行っているように思われかねないわ。

 ハラスメントを受けてきたのは私の方なのに。

「し、仕方ないわね。トイレがある世界を探してみるわ」

 創造した世界の衛生水準って、私たち神にとっても課題ではあるからね。

「ありがとうございますありがとうございます。贅沢は言いません。洋式で水洗で、温水洗浄便座が付いてさえいればそれで十分です。あと、トイレットペーパーも欲しいです」


 いや待って。洋式で水洗で、温水洗浄便座って。

「あのねえ、あなたの言う中世ヨーロッパに相当する世界で、温水洗浄便座がある世界があるわけないじゃない。そもそも、温水洗浄便座自体、あなたの元いた世界でも珍しいのに。もっと言えば、トイレさえない地域って結構あるそうじゃないの」

 同僚からそう聞いたことがあるわ。

「そこをなんとか、なんとか、なんとかお願いいたします」

 今度は全身を地面に投げ伏してきたわ。


「そのポーズはいったい何?」

「これは五体投地と言いまして、仏教では最も丁寧な礼拝の方式とされていまして……」

 それを私に対してやられても。

「わ、わかったわよ。温水洗浄便座は無理だと思うけど、洋式とか水洗とかは何とか近いものを探してみるわ」

「本当に本当にありがとうございます。モニア様は神様です」

 今まで私を何だと思っていたのかしら。


「ひとつ聞くわ。さっき贅沢は言わないっていってたけど、贅沢って何?」

「暖房便座ですかね」

「気温二十度から三十度くらいの地域で、暖房便座がいるはずないじゃないの!」

「暖房便座って、モニア様には問題意識はありませんか?」

「いきなり何を言い出すの?」


「デパートとか公共施設とかで、夏も暖房便座をオフにしていないところがあるんですよ」

「それがどうしたって言うの?」

「寒い時期に便座が冷たくて飛び上がることはありますが、それは昔はみんなそうだったので、そういうこともあるなと思うことができるんですよ。でも、逆に夏に便座が熱かったら、納得いかない気分になるんですよ」

「だからなんで暖房便座の話なのよ」

「これは大問題なんです。夏は明らかに電力の無駄ですよね。夏も便座を暖めていることで、エネルギーを無駄にし、どれだけ地球温暖化を進めていることか」

 こっちの話も聞かないで、いきなり何を力説しているのかしら。


「何で私が責められている風なのよ。それはあなたたち人間の問題よね」

「そこでなんですけど、これ、神様の力で夏は全暖房便座の設定をオフにできませんか?」

「あのね、あなたは私たちの神力を何だと思っているのよ。神力をそんなことに使えるわけないじゃないの」

 エネルギーを無駄に使うのは、どこでもその世界の存続上避けてはほしいけど。


「え、だってモニア様も、夏に熱い便座に座って『熱っ、何で』って思ったことはありませんか?」

「天上界は寒いことはないから、そもそも暖房便座が必要ない……いえ、神はトイレに行かないから、便座なんて座ったことないわ!」

「そう言えば、俺ってここに来て十日以上経ちますけど、このなんかふわふわした場所以外見たことないんですよ。これから天上界とも長いお付き合いになりそうだから、よく知っておきたいんです。そうだ、モニア様の職場見学をさせてくださいよ」


 よくコロコロ話題を変えられるわね。

「私の職場ってここなんだけど」

「ここはカウンセリングルームみたいなものでしょ。転生第一課の部屋に、モニア様の机ってありますよね」

「なんでそんなところを見たいのよ。こっちの世界もフリーアドレスの導入が進んでいてね、私の決まった机ってものはないのよ」

「ノートパソコンもないのに、フリーアドレスってできるんですか?」


「しつこいわね。あ、わかったわ。あ、そこで『ちょっとトイレ』とか言い出して、天上界にもトイレがあるか確認しようとするんでしょ。ダメよ、絶対」

「じゃあ職場見学は諦めます。職場が見られないならば、モニア様のおうち見学で我慢しますよ。あ、ちゃんと仕事終わりまで待ちますよ。同伴退勤ってことで」

「何よ同伴退勤って。ますますダメに決まってるじゃない」


 そろそろ神と転生者という関係をはっきりさせないといけないかしら。

 あんまり人間には神の世界に立ち入らせたくないし。

 ここは体勢を立て直す必要がありそうだわ。

「今日はもうおしまい! また明日!」


 だめだったか。そろそろ俺とモニア様の仲も深まったことだし、おうちにお呼ばれしてもいいと思うんだけれどな。

 いったい俺の何が悪かったというんだろう。

 いや、元の世界でも女の子のおうちにお呼ばれしたことはなかったな。

 なんか寂しくなってきたな。

 転生先ではそういう経験ができるようになるのだろうか。

 いや、そのために転生したい訳ではないのだけれど。


 お呼ばれしてもらえなかった俺はこのあと、手際よく転生者を送り出すモニア様の姿をいつも通り眺めた。

 モニア様、本当にテキパキと転生させるんだよな。

 なんで俺ごときに何日も手間取っているんだろう。

 俺ごときと言えば、俺ごときが転生者に選ばれたこと自体、不思議と言えば不思議だ。


 俺は社会に出て何か成果をあげた訳でない。成果をあげようとして無理をした結果死んでしまった。

 世の中には、ビジネスとか芸能とか、それぞれの分野で成果をあげ、前途を嘱望されていたのに、不幸にも夭折してしまった人はたくさんいる。

 そうした人は必ず転生させてもらっているのだろうか。


 いや、成果とか夭折とか言ってはいけないのかもしれない。

 「生」の重みも「死」の重みは誰もが一緒だと思う。


 モニア様は日本の担当と言っていたけど、こうして見ていると、いくらモニア様がテキパキと転生させていても、一日に転生させている人数は七、八人といったところだ。

 モニア様が言っていた一日のノルマも、だいたいそれくらいなのだろう。


 俺は仕事柄日本の少子高齢化の現状を少しは知っているが、日本では一日に亡くなる方は四千人近くいる。

 その四千人のうち転生できるのはせいぜい八人。五百人に一人だ。

 その中に俺が入ってよいものだろうか。

 そもそも、転生者はどうやって選ばれているのだろうか。


 そんなことをつらつらと考えているうちに退勤時間になったらしく、モニア様の姿はいつの間にか消えていた。

 いや、おうちに連れて行ってと退勤時に再度お願いしようとは思っていなかったよ。

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