最終話 プロポーズ
「典明さん! 大森先輩!」
ラジワットは、高校の先輩である二人に会釈した。そして、その後ろには真理子がいた。
「ラジワット君・・・・本当に、ご立派になられて」
「真理子先生、ご無沙汰しております、また、こうして生きて・・・・」
ラジワットも、感極まり言葉を詰まらせた。
解っている、一度は愛し、マリトと言う息子をもうけた間柄、それでも真理子の方にはその世界線の記憶はない。
だから、男らしく身を引こうとラジワットは思った。日本に居れば、真理子は死なずに済むのだから。
「ラジワット君、私ね、大森君と結婚することになったの。笑っちゃうでしょ、私が教え子となんて・・・・」
真理子は、そう言うと気まずく口を閉じた。真理子は聞いていた、自分は別の世界線では、ラジワットと結婚して子供を授かったと言う事を。
ラジワットは、大森に目で合図を送り、一度だけ頷いた。それは結婚に対する祝意である。
真理子の相手が大森であるならば、潔く身を引ける。
かつて、ラジワットに喧嘩を売って来た大森と大乱闘の末に、結局共に創世館の門下に入り、武術を学んだ懐かしい日々。
典明と大森とラジワットが並んで稽古することは、もはや無い。
誰よりも男気に溢れ、強きを挫き弱きを助ける。今回の湾岸戦争でも、不憫な幸を身を挺して守ろうとするその信条。
ラジワットが認める数少ない男、それが大森だ。
「あら、もしかして、あなたがマリトちゃん? まあ、まあまあ! あなたが!」
不思議な再会だ。マリトもロンデンベイルでの療養が長く、真理子の記憶はほとんど無いものの、前の世界線では自分の母親だった人物。マリトは思わず切なくなり、真理子に抱き着いた。そして一言「ありがとう、お母さん」と。
それは別れの言葉でもあった。
真理子も、初対面のはずなのに、何故かこのマリトに郷愁にも似た情愛を覚えていた。このまま離したくないとさえ思えるほどに。
そして、ラジワットが再び典明と大森に大切な事を伝える。
「異世界への往来は、とてもリスクが伴います。私達がここに居られる時間はそう長くはない。ミユキを、あちらに連れて行ってもよろしいでしょうか」
沈黙が流れた。
みんな、本当に世話になった人たち。誰とも別れたくは無い。
「幸ちゃん・・・・行くの?」
「ラジワットさんが、そう言ってくれるなら、私、ラジワットさんに付いて行きたい」
それが、ラジワットからのプロポーズであり、嫁入りであることは、全員が理解出来ていた。
それはとても幸福な事。幸が想いを成就した証明でもあるが、倫子の涙が止まらない。
幸は、自分の感情が制御できず、倫子を抱き締めて、二人は泣き続けた。
佐々木も貰い泣きしながら「もう、戻って来られないのですか?」と、エリルに聞く。
しかし、答えたのはエリルではなく、幸だった。
「だって、結婚って、そう言うものでしょ!」と。
そう言うと、幸は再びラジワットに身を寄せた。目を閉じて、幸福な表情を浮かべる幸。倫子はそんな二人を祝福しつつ、ハンカチが手放せない。
「幸ちゃん、あっちの世界で、お幸せにね! 絶対よ!」
「うん 本当にありがとう倫子ちゃん、あなたが親友で良かった!」
「私も! あなたは私のヒーローなんだから!」
倫子は「肩たたき券」を売り飛ばした幸の父親が、未だ行方不明であることを、遂に話す事が出来なかった。
それは、幸もきっと理解していることだろうから。
泣き笑いの別れが、石段を照らす夕日の中で続いた。
こうして幸の「肩たたき券」から始まった、長く辛い旅路は終わりの時を迎える。
この後も、きっと様々な事が幸とラジワットに待ち受けている事だろう。
それでも、時空を超えた大冒険と大恋愛を成就させた二人の前に、乗り越えられない困難なんてない。
真っ白の、ラジワットと幸の物語は、ここから始まるのだから。
~ おわり ~
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