第238話 頑張ったんだけどな
「ねえ、倫子ちゃん、これって・・・・」
「ええ、しっかりと選んできたわ!」
倫子が鼻息を荒くして、ドヤ顔で自慢する。
今後、生活必需品などの調達や発送は、全て倫子がこのタイを中心に行う事になる。
その最初の仕事がこれだった。
倫子は、幸のために、厳選に厳選を重ねて、彼女が現地で困らないよう服を選んできた・・・・選んできた?
「しまった! またこのパターンか!」
「・・・・おいおい、いくらなんでも、タイでその服装はヤバいだろ」
さすがの大森も、今度ばかりはツッコミを入れるほどに、乙女な服装である。
基本はセーラー服(セーラー服?)なのだが、やはりフリルやレースが多くて、この時代のタイにはちょっと無いタイプの服だ。
「ねえ倫子ちゃん、わたし、着ないよ! これ、着ないよ!」
「また、もう、解っているんだから!」
ん? んんん?
いや、多分、何一つ解っていないでしょ、あなたは。なんでそんなにルンルンなのよ!
倫子と幸のファッションセンスは、一体どこで食い違うのだろうか?
これから行く所は、厳格なイスラムの国、この露出度で入国したら、一発で逮捕されるレベルだ。
「まあ、そう言わずに、まずは着てみて、そうすれば私がどうしてこれを選んできたのかが解るから」
まあ、倫子がそこまで言うなら、きっと何かあるのだろう、そう思って着た自分に・・・・後悔した。
「いや・・・・倫子ちゃん、これ、池袋の時よりに酷くなってない?」
「ないない、全然ない! むしろとっても良いわよ。ねえ、佐々木君」
佐々木は、もうさっきから顔が真っ赤だ。ダメだ、まったく参考にならない。
では、大森は・・・・あー、こっちも真っ赤だ。そんなに破廉恥な服装なんだろうか。
たしかに、前回ほどミニスカートではないものの、今時の女子高生が履きそうなウエストで捲り上げたような長さのスカートにセーラー服。上着の中にはフリルの付いたブラウス・・・・なんだこの服装は。
幸は思わず、以前ラジワットに買ってもらったマントを羽織り、恥ずかしそうに男子からの視線をかわす。それがまた、一層男性陣の視線をユラユラと泳がせる。
「いや、倫子ちゃん、これ、流石にダメだよ。他には無いの?」
「えー、あるよー」
いや、もう見るまでもない。これは絶対にフリフリなのが来る。
「ねえ、幸ちゃん、その服装で剣を振ってみて」
「いや・・・・倫子ちゃん、私、一応プロなんだけど」
「だからよ! この服装の本当の意味が解ると思うから」
倫子に言われ、幸は木剣を取り出し試しに振ってみた。
するとどうだろう、マントを装着しているにもかかわらず、服装によるストレスが全く感じられない。
「あれ・・・・これって」
「ね、解ったでしょ? 私ね、幸ちゃんのデッサンを元に、戦闘での動き易さを研究してみたの。そうしたら、今の服装が最適解だった、というわけ」
「まさか・・・・このふざけた服装にそんな秘密が! ・・・・じゃあ、このフリルにも?」
「ええ、それは絶対に必要よ」
「もしかして、敵の剣を・・・・防げる、とか!」
「イヤよ幸ちゃん、そんな訳ないじゃない!」
あー、そうですよね、何言っているんだ私は。ちょっと期待した私が馬鹿だったわ。
そりゃそうですよね、これは可愛いから付けたもの。
・・・・大丈夫か、この先。
それにしても、ジャージ姿よりも、機能的にはこの服装は本当に動きやすい。一体、どんな仕組みなんだろう。
だが、情報部員のメンバーが、まさかこんなに目立つ格好で動く訳には行くまい。
「そうだな、俺たち一応、情報部の人間だからな。それなら、どれくらい目立つか、少し街を歩いてみるか?」
大森が、平然と提案してきた。
幸は・・・・当然嫌がった。
「ちょっと、なに人事だと思って! じゃあ大森さん、この服で出られるんですか!」
「いやあ、そんな訳ないだろ(笑)!」
「ちょっと、笑わないで下さい!
やっぱり大森さんだって、恥ずかしいって思っているんでしょ! ほらー、やっぱり。もう酷いんだから!」
幸が、鬼の首を取ったように大森にけしかけていると、今度は倫子が泣き出しそうな表情で俯いていた。
「・・・・そうよね、ごめんね幸ちゃん。私・・・・頑張ったんだけどな」
そう言い終えると、倫子は本格的に泣き出してしまった。
・・・・えー。
こうして幸は、大森の提案を受け入れ、その服装にマントの姿でタイの首都バンコクへ繰り出すのであった。
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