第236話 CIA

「真理子先生、もう、どこにも行かないでください。俺、前から真理子先生の事・・・・」


「ダメよ、大森君。私、あなたより大分年上だし、もし幸さんの言っていたことが本当なら、私は突然消えてしまうかもしれない」


「だからです。俺、ラジワットが真理子先生を連れ去ったのなら諦めがついていたんです。あいつ、男気あるし、俺、あいつの事も好きでしたし、後輩としても、友人としても、尊敬すらしていました。あいつなら真理子先生を幸せにできるだろうって。でも、現実は違った、真理子先生は幸せにならなかった・・・・ラジワットもマリト君も、死んでしまった。俺は絶対にそんな事させない、真理子先生を絶対に幸せにしてみせます」


 教え子だと思っていた大森の、熱烈なラブコールは、真理子にとって久しく忘れていた感覚だった。

 大森の抱きしめる強さが増して、彼の想いがダイレクトに背中に伝わる。 

 もういっその事、このまま自分は大森のものになってしまおうかとさえ思えるほどに、直線的な愛情表現。

 それでも、教え子の未来を奪う事はできないと、真理子は自身に言い聞かせるのであった。


「ごめんなさい、私ね、結婚を考えている人がいるの。今まで黙っていてごめんなさい」


 それでも、大森は真理子の背中を離そうとしない。

 大森も、今真理子を離してしまえば、精神的にも物理的にも、真理子を失ってしまうのではないか、と考えていた。だから、絶対に離すまいと。


「先生、俺、解っています、先生、俺を思って嘘を付いていますよね。真面目な真理子先生が、結婚相手なんて作らないし、ほったらかしになんてしないでしょ。もう・・・・いいんですよ、先生」


 大森は、真理子を離すと、今度は正面から真理子の瞳を見つめた。


「先生、俺は立花君と共に、中東へ行きます。どんなにしっかりしていても立花君は未だ10代の少女だ、何とか力になってあげたい。でも、もし先生が俺の事、待っていてくれるなら、俺、絶対に日本に帰って来ます。だから、もし先生の心に俺の事があるのなら・・・・その時は、俺の嫁さんになってくれませんか?」


 あれほど若々しくギラギラしていた大森。高校生の頃はかなり荒れていて、正直苦手な所もあった。学ランの下には真っ赤なTシャツを着て、いつも喧嘩に明け暮れて。

 そんな大森に、真っ向から勝負を挑んできたのがラジワットであった。

 懐かしい彼らの学生服姿を思い出しながら、立派に成長した大森をあらためて見直し、その力強い腕に抱かれながら、真理子は思わず「はい」と答えてしまうのであった。




「ねえ、遠藤さん。結局僕は何をする係りなんだろう」


「正直、私にも解らない。だって、海外なんて久しぶりだし、幸ちゃんのバックアップと言われても、何をすれば良いのやら」


 佐々木と倫子は、正直解らないことだらけであった。

 本音を言えば、学校もあるし、単位もある。

 長期不在は非常に困ることだ。

 しかし、そんな心配が、全く不必要であった事は、翌日大学に行って解るのである。


「おーい! 遠藤さん!」


「あ、佐々木君!」


「聞いた・・・・よね?」


「うん・・・・」


「まさか、アメリカ軍が、ここまでするなんて」


 佐々木が驚くのも無理はない。

 今日になって、佐々木と倫子の二人は、突然学校長から呼び出しを受けた。

 本来、一学生を直接呼び寄せる事は極めて異例のことだ。

 学校長が言うには、交換留学生制度により、遠藤 倫子はタイ王国の大学に留学を許された、との事であった。

 そして何故か、佐々木も留学を許されていたのである。


「これは一体、どういう事なんだろう」


「なんだか、さっき聞いた話では、日本政府と正式に交換留学生をしている政府同士の制度らしくて、なんだか私、自分でそれを希望していたことにされているのよね・・・・」


「いや、それって、完全にアメリカが日本政府に圧力かけているやつだよね・・・・」


 当然、国費留学であるため、必要経費は全て日本政府が負担するのだそうだ。そして佐々木は、タイ王国と日本を定期的に往復する役割を言い渡されていた。

 佐々木が日本でのバックアップと言われたのは、どうやら連絡員としての任務であったようだ。


「僕はね、遠藤さんを一人でタイ王国に行かせるのは、正直気が引けていたんだ。君一人では危険だから」


「ありがとう佐々木君、でも、当面は幸ちゃんと一緒だと思うから、大丈夫よ」


 そう言う倫子の声は、少し震えていた。

 佐々木は、そんな倫子に、何もしてあげられない自分が、とても歯がゆいと感じた。


 そして、佐々木と倫子の二人は、正式にCIAの準構成員に編入されたのである。

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