第205話 言語の秘密

 ラジワットとの逃避行、その行った先はチェカーラントと言う街だった。そこはまるで、御伽の国のように可愛らしくて、食べ物も美味しくて、なんだか夢心地な場所だった話をする。


「でも、その街には電気が通ってたんでしょ? それは外国に行ったって事なんじゃないの? どこでもドアみたいな」


「違うわ、そもそも辿った歴史が違うもの。この世界にはタタリア帝国もオルコ帝国も存在していないし。かつてあった国家ではないわ、あちらの世界では今現在存在している国家だったのよ」


 幸が国名を出した時、佐々木が少し考え込んでいた。

 それは、どことなく聞き覚えがある、と言う表情である。


「似た名前の国ならあったと思う、タタリア帝国は、昔シルクロードで栄えたタタールに少し似ているね、あと、オルコ帝国は、オスマントルコ帝国を縮めたような印象を受けるし」


 オスマントルコ・・・・縮めたら・・・・オルコ。

 ああ、そう言えば文化もなんとなく、西アジアからヨーロッパの文化圏に近いのかもしれない。

 考えてみれば、宗教観もなにか統一されていたように感じられる。いや、言語だって。

 どうして、20世紀の世界は、こうも言語や宗教、文化が複雑で多岐なんだろうと幸は思う。

 あれだけ言語がシンプルであっても、人は争うのだから、複雑多岐な世界で人間が解り合える訳がないのだ。


「立花さんは、向こうでは何て呼ばれていたの?」


「え、私はミユキとか、フェアリータとか・・・・」


「ええっフェアリータって、なんだか妖精みたいで可愛い!、なにそれ、幸ちゃんっぽい!」


「やめてよ、日本でそれ呼ばれるのは恥ずかしいわ」


 そんな時、佐々木はどこから取り出したのか、外国語辞典で何かを調べている。


「なるほど、幸せの事をラテン語で『ベアティトゥディダム』、ギリシャ語で『ヘフティヒア』、イタリア語で『フェリチタ』になる、だから幸せをフェアリータと言う西タタリア語と言う言語は、東ヨーロッパから中央アジア圏の言葉が混ざった印象なんだね」


 幸と倫子は、佐々木の調べる速さに驚いた。意外と佐々木は研究者気質なのか、単なる凝り性なのか、好きな事には集中できるタイプのようだ。

 そして、彼の言う通り、幸が異世界で習得してきた言語の多くが、やはりこの地方の物と共通点が多かった。


「ねえ佐々木君、それではリチータって、何だと思う?」


 リチータ、それはランカース村の雪解け祭り通電祭こと「リチータ祭り」の事だった。

 それは幸にとって、異世界での出来事の中でも一番楽しかった思い出だ。


「イタリア語で『エレットリチタ』が電気って意味だね、リチータって響きが少し似ているね」


 そうなんだ、あのランカース村の言語や単語も、イタリアの影響を受けている。

 だから、カウセルマンは北欧系の鼻筋の通った色白で、ラジワットは中東アラブ系の印象を受けるのだろう。

 こちらの世界にも、オルコ帝国やタタリア帝国、ドットス王国になるはずだった地域があるという事だ。

 幸はそんな些細な共通点が見つけることが出来ただけでも、異世界との繋がりを得たようで心の底から嬉しかった。

 今の自分は、こんなか細い手がかりでしか、ラジワットを感じることが出来ない。

 その線の細さに、幸の心は締め付けれるほど苦しくなる。

 それでも、この世界のどこかにラジワットがいる、マリトがいる、そんな風に思え、都会の窓に映る満月を見上げ、どうか同じ月を見ていますように、と心の中で祈るのであった。

 

「ねえ、言葉と世界については、なんとなく理解は出来たけど、物件を探すのは、少し苦労しそうね」


「もう少し郊外なら、僕の実家で持っているのを分けてもいいんだけど」


「佐々木君の家って、何屋さん?」


「不動産業」


 この時代、不動産をやっていると言うのは、少し微妙であった。それは、善良な不動産屋と悪徳な不動産屋が乱立していたバブルの最中であった。

 ヤクザの多くは地上げに加担し、ボロ屋を二束三文で買いたたき、それを纏めて区画ごと億で売りさばく商売が流行っていた。

 そして、仮に住居が提供されたとしても、それには保証人の問題があった。


「これだけは、最低一人の大人が必要だな」


 そんな簡単に保証人になるような人物が、果たしているのだろうか?

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