第141話 もう少ししたら

 タタリアの検問所を突破したユキちゃんと幸。

 背後には、ラジワットが剣を振るい、次々とタタリアの番兵を叩き切って行くのが見えた。

 その騒ぎを聞きつけ、タタリアのキャンプは騒然となり、次々と兵士がテントから飛び出して来る。

 オルコ領へ向けて疾走する幸とユキちゃんは、ラジワットが大立回りをしている隙に、猛スピードでランカース方向へ向け突き進む。


 そう、ラジワットは、そこまで予想して、ユキちゃんを平手で叩いたのだ。

 それは、幸にも直ぐに理解出来た。

 自分を逃がそうと、一人囮に徹したのだ。


 幸は、それが解るだけに、ユキちゃんの背中に乗って、ただ泣き叫ぶ以外にどうしようも無かった。


 ああ、やはり、この世界にラジワットほどの男性はいない。

 あの笑顔に、再び会えるのなら、自分はどうなっても構わない。

 どうしてもっと早く、ラジワットが好きだと言う事に気付かなかったのだろうか。

 どうしてマリトの事で、ラジワットに冷たく当たってしまったのだろうか。


 風を切り、疾走するユキちゃんの背中で、幸は何度も何度も自分の行いを悔いた。

 今からでも戻って、ラジワットと共に死のうか。

 しかし、それでは、せっかく逃がしてくれた、助けてくれた自分の命を粗末にすることになってしまう。

 

 なんなんだろう、これは。

 自分は一体、どこで間違えてしまったのだろう。

 あの、ロンデンベイルでの幸せな日々は、何処へ行ってしまったのだろう。

 マッシュやサナリアが旅立つ前の、あの大家族のような温かさは、何処へ消えてしまったのだろう。

 幸は、以前の温もりを想えば思うほど、今のこの寒さと孤独が心に沁みて、痛みを感じていた。

 

 ユキちゃんが全力疾走を終えた頃、タタリア騎兵軍団の姿が見えない深部にまで到達していた。

 

 幸は最後に一度、タタリア方向を振り返る。


 あの大軍の中を、強行突破した。

ラジワットの犠牲をもって。


 ユキちゃんから降りて、タタリア方向を向くと、一瞬ラジワットの名前を叫びたい衝動に駆られた。

 しかし、それはきっとラジワットの想いに反することになる。

 幸は、そんな衝動を何とか抑え、ただボロボロと涙をこぼした。

 冷たい風が、温い涙を急速に冷やす。

 冷たい涙が首を伝って服の中にまで入り込み、幸の胸を冷たく濡らす。


 ラジワットさん、ラジワットさん、ラジワットさん、ラジワットさん、


 心の中で、何度も名前を叫ぶ。

 立ち止まる幸を諭すように、ユキちゃんが前進しようとする。

 

「ユキちゃん、お願い、今だけ、今だけここに居させて、私、大丈夫だから、もう少ししたら、ちゃんと前へ進むから」


 ユキちゃんは、本当に賢い。

 このユニホンが居なかったら、幸は精神的にダメになっていただろう。

 いや、今現在も、精神的にはかなりギリギリな状態だ。

 旅路という目標が無ければ、きっと部屋から出られなくなるレベルだ。


 幸は一度深呼吸し、唇を噛みしめながら、ラジワットの居るタタリア方向に背を向けると、ユキちゃんの手綱を引きながら、ランカース方向を目指した。


 暫く歩くと、前方から再び兵士の声が聞こえた。


 まさか、これだけ進んだ先にも、既にタタリアの手が伸びていたのか?


「おい、なんだ貴様は!、一体どこから来た!、第一、この先は・・・・」


 兵士は、目を丸く見開き、星明りでも、それが驚きの表情であることが、幸にも視認出来るほどだった。

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