娘の「肩たたき券」を転売したバカ親父のせいで、大冒険と大恋愛をする羽目に
独立国家の作り方
揺れる三つ編み
第1話 私の「肩たたき券」を手にする男
立花
男の手には、幸が10歳の時、父の日にプレゼントした「肩たたき券」が握られている。
男はそのチケットをヒラヒラと横に振りながら、幸に見せるなり裏路地へ連れ込み、彼女に強要するのだ、「自分の肩を叩くように」と。
チケットに書かれた内容は、「肩たたき券、一回1枚」とだけ書かれており、そこには「父親限定」とも「期限」すら書かれていなかった。
幸は、自分の父親が、よもやあの「肩たたき券」を誰かに譲り渡す、という想定が無かったために、チケットにもっと条件を限定して書いておくべきであったと後悔した。
いや、、、、そもそも、そんなものですら転売してしまう最低なバカ父親の事を恨むより、この異常事態から、なんとか逃れたいとだけ、このセーラー服におさげの少女は、切に願っていた。
ああ、どうして自分ばかり、いつも不幸な目に合うんだろう
そんな困った状況の最中、彼女の視界には、アラブ系の大男が、腰に帯剣しながらこちらをじっと見つめていた。
帯剣、、、にもかかわらず、それが異様な光景である事にすら気付かないほど、この時の幸は追い詰められていたのだった。
幸の家は、母親が家を出てからは、一人娘の自分と父親の二人きりであった。
小学校低学年から一人ぼっちになった幸は、それでも父親の誕生日や父の日と、父親のイベントには欠かさず「肩たたき券」をプレゼントしていた。
それは、母親が出て行き、仕事に恵まれず、毎日酒を煽る父親に対する同情の表れでもあった。
子供心に、父親が不憫でならなかった、きっと不幸な人生なんだろうと、自分だけは父親の味方でいてあげようと、それは家族愛の不器用な表現として。
こうなると、自動的に貧しい彼女の家庭環境からは、父親へのプレゼントがどうしても金銭的な価値を持たない「労働対価」に成らざるを得ず、この肩たたき券をプレゼントする、という行為は、8歳から14歳となった現在まで延々と続き、その枚数は毎年加算されていった。
そして、何故か父は、自分が送った肩たたき券を一枚も使うことなく溜めこんでいた。
幸は、それが父親なりに、自分に遠慮しているものだと思い込んでいた。
そして今日、それが遠慮なんかではなく、幸本人の「商品的価値」が上がるのを待って、券を熟成させていたのだという事を悟ったのである、、、この見知らぬ中年男性に、肩を叩くことを強要されることによって。
幸は知っている、自分くらいの女子中学生が、一部でとても需要があるということを。
だが、幸は普通の14歳よりも家庭環境の劣悪さから、発育も遅く、自分にはそういう需要が無いと思っていた。
しかし、それは間違いである、、、らしい。
「その肩たたき券は、お父さん専用です、おじさんの肩は叩けません、無効です!」
「そうは言っても、もう買ってしまったのだから仕方がないだろう、資本主義の基本を理解していないのかな、お嬢ちゃん」
男は、その券を「買った」と言った。
それは、自分が作った手書きの券が、見知らぬところで売買されている事を示していた。
まるで、自分が売買されているような嫌悪感を感じつつ、純真無垢な14歳の少女は、未だ性善説の中で夢見る乙女である。
幸には、貧しく不幸ながら、将来は看護婦さんになって、人の役に立ちたいという淡い夢があった。
もしかしたら、このおじさんは、本当に肩が凝っていて、辛いだけかもしれない、幸はそんな風に考えてみた。
「おじさんは、肩が凝っているんですか?」
すると、その中年男性は、嬉しそうに「そうだよ」と言った。
幸は心優しく、穢れを知らない少女。
それ故に、困っている人を助けてあげたい、という優しさに溢れていた。
冷静に考えれば解りそうな話だが、そもそもそれならば、これほど人気の少ない裏路地に誘い込む事なんてしないはず。
だが少女には、それすらも何か事情があるのだろうと、中年男性に都合良く解釈をしてしまうのであった。
「それなら、今回だけですよ」
中年男性は、それを聞くと喜びの表情を浮かべた。
幸は、単純にそれが嬉しかった、自分が、誰かの役に立てる、14歳、中学2年の少女の日常には、そのような人に喜ばれることが少なかった。
特別美人でもなく、発育の遅い彼女は、男子から告白されることもなく、自分自身も恋愛はおろか「性」に関することすら比較的無頓着であった。
そして、そのような「無知」さが、この目の前の中年男性を、より一層喜ばせていたことを、この時、幸はまだ知らないのである。
「ほら、ここがおじさんの家だよ」
言われるがままに、幸は中年男性の家に連れて行かれた。
家は一軒家の木造家屋、古い家独特のカビ臭さが、アパート暮らしの幸には不慣れな匂いであった。
父親と二人暮らしであったため、中年男性の匂いには慣れていたものの、何故かこの男性から発せられる「危険信号」とも言える体臭が、幸の背筋を凍らせた。
いわゆる「悪寒が走る」とはこのことか、と幸は思っていたが、なにか、とてもいけない事がこれから始まりそうだと、それは少女の勘が教えていた。
「あのう、、私、人様の家は困ります、どこか公園とか、公民館みたいなところではだめですか?」
すると、それまで優しかった中年男性は、態度を豹変させ、幸を怒鳴り散らした。
それは、ここまで来てなんだとか、大人をバカにしているのか、など、理屈も何もない内容であったが、幸は大人の男性に怒鳴られた事がショックでならなかった。
半泣き状態で、ごめんなさいを繰り返すと、男性は幸の腕を掴み、無理やり玄関の中に入れようとした。
「イヤ!、イヤです!、離してください、お願いします、、、助けて、本当に、誰か、お願い!」
パニック状態になった幸は、思わず大声で叫んでしまう。
その叫び声に驚いた中年男性は、幸の口を力任せに塞ぐと、その太い腕は幸の細い身体を大蛇のように巻き込み、玄関の中へと引き入れてしまった。
幸は思った、一体、どこで、何を間違えたんだろう、私なんて、こんな痩せっぽちで、食べたって美味しくないのに、と。
男は幸の口を塞いだまま、セーラー服の胸元に反対の手を伸ばす。
ああ、もう自分はどうにかされてしまう、襲われて食べられてしまう小動物って、きっとこんな感じなんだろうと、幸は少し他人事のように自分を俯瞰していた。
それでも、男の手がスカートの中に迫ろうとした時、幸は再び悲鳴を上げた。
「助けて、お願いします、肩、叩きますから!、叩きますから!、お願いします!」
状況は、もはや肩を叩くかどうかのステージではないことなど、当の幸も理解出来ていたが、他に言葉が見つからない。
幸としては、とにかくこの恐怖の時間が早く終わってほしいとだけ、考えるようになっていた。
男が何を求めているかは、さすがにもう見当がつく。
それならば、男の求めに応じて、とにかく行為を早く終わらせてほしいと考えた。
そして、幸は抵抗を止めた。
すべてが、もうどうでもいいことに感じられた。
自分なんて、この先、生きていたってなにもいいことなんてない。
それならば、辛い時間は、少しでも短くする方が利口だ。
脳裏に、それでも初めては、もう少しカッコいい男子が良かったと、少し切なくなった。
その時だった。
玄関の扉が、爆発でもしたかの如く盛大に破壊され、逞しい一人の男性が現れたのである。
さっきの、アラブ系の男性?、もっと北の方の民族だろうか。
幸には、それが救世主のように感じられた。
男は、鼻が高いが、肌の色は少し褐色に見える、中東の石油王なんかにいそうな顔だ。
そして、どことなく服装もおかしい、作業服っぽい服をを着てはいるが、着こなしがおかしい。
なんとなく、ただ上から羽織っているだけのような着こなし。
その石油王は、幸に覆いかぶさる中年男性を、まるで子猫のように軽々と持ち上げると、玄関の外へ放り投げた。
幸が圧倒され、思わず何も言えない時間が数秒間続いた。
幸には、それが恐ろしく長い時間に感じられたが、整った顔立ちに冷たい表情、それでも、幸には助けてくれた恩人の顔、自分のヒーローに感じられた、、、、それを見るまでは。
石油王の手には、見覚えのある「肩たたき券」が握られていた。
幸は悟った、結局選手が交代しただけで、自分の置かれた状況は、何一つ好転していない、という事を。
※ 主人公「立花 幸」のイメージ ↓
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