社会人の本音

佐々井 サイジ

講師不足

 教室の時計を見やると、授業まであと一時間まで迫っている。懇談の合間に、片っ端から講師に連絡をしたが、断りの返事が続々と寄せられ、自分の存在が否定されたような孤独感を抱く。塾の教室長になってから何度もこの感情になるが、耐性がつくことはない。講師が三人不足していたところから一人まで減らせたのは我ながら上出来だが、どうしてもあと一人が埋まらず、焦りと苛立ちが綯交ぜになって押し寄せる。


 今日も懇談と講師不足の対応に時間を食った。この後も五件懇談があると思うと足の力がなくなって椅子から立ち上がれない。請求情報と時間割の作成は時間がかかるので残業に回すことにする。ここ一ヶ月はそんなことを繰り返しているが、どうせ早く家に帰ってもダラダラSNSを回遊するだけだ。


 ポケットにあるスマホは度々振動する。その度に期待して、断られて落胆することを繰り返す。これ以上、講師不足が埋まる見込みはない。仕方ない。溢れている生徒三人を手際の良さそうな講師に移そう。一対四はぎりぎり授業を回せる人数だ。負担をかける講師にはあらかじめ謝りの連絡を入れておこう。


 ポケットから振動を感じた。どうせダメだろうと思う一方でどうしても期待をしてしまう。スマホがポケットに引っかかる。強引に引き抜いて親指で何度も画面を叩く。


『浅田です。朝起きてから頭が痛いので今日は休みます。すいません』


 ふざけてんのかこいつは。授業開始一時間前に言ってくんな。そもそも頭痛いくらいで休むな。お前が欠勤したら残りの講師が一人当たり五人の生徒を見ることになるんだぞ。だいたい『すいません』てなんだ。社会人の俺に謝るときは『申し訳ございません』だろうが。こいつ就活したんだよな?


 今後の人生、人と話すことが恐怖になるくらい言葉を浴びせてやりたい。でもSNSに書かれたら面倒だ。


『了解しました。ですが、今度から体調が悪い際はそのときに連絡してください。直前に連絡されても対応する時間が無いので、他の先生の負担が大きくなってしまい、保護者や生徒にも迷惑がかかるので注意してください』


 入力ミスに焦れ込みながらも何とか理性を保った文面を送った。間髪入れずアルパカが頭を下げているスタンプが送られてきた。頭の中で何かが弾けた音がした。

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