第22話 嫉妬
「一つ聞いてもいい」
試し撃ちを終えた後。
あたしは、セイサ博士に尋ねた。
「どうしてゴミヤは、高額な素材を手放したの?」
これはさっきから、ずっと気になってたこと。
こんな凄い武器を貰えたからこそ、知っておきたい。
ゴミヤがあたしのためにした、行動の意味を。
「あいつ今、金欠だって言ってた。なのにどうして高価な素材を売らずに、あたしの武器の素材にしたのよ。何の利益もないじゃない」
「うーん、これはあくまで憶測だけどね」
思案顔を浮かべた後、セイサ博士は言う。
「きっと彼に、利益は関係ないんだよ」
「えっ」
「クリーナーになる前の彼は、随分と過酷な日々を過ごしてたらしくてね。当時は生きてる実感が無かったと言っていた」
その話、前にも聞いた。
ブラック企業に勤めていたって。
毎日馬車馬のように働いてたって。
「それと今回の行動に、何の関係があるの?」
「窮地に追い込まれた人間が、他人を気遣うのは難しい。心の余裕がないからね。でも、今のゴミヤ君はそうじゃない」
するとセイサ博士は、含みのある笑みを浮かべた。
「カッコつけたかったんじゃないかな」
「カッコつけたかった……?」
「君は彼の推しなんだろ? なら、推し相手にカッコつけたくなるゴミヤ君の気持ちは、女のボクでもよくわかる」
でもあいつは、スメラギさんが好きで。
あたしは所詮、推しで……。
「じゃ、じゃあ。あいつがスメラギさんに甘いのは……?」
「それはおそらく、スメラギさんが彼を救ったからだと思うよ」
「いくら救われたからって、金づるになるのは違くない?」
「金づる? 一体何の話だい?」
そうだった。
セイサ博士は、あの事を知らないんだ。
「ゴミヤのやつね、しょっちゅうスメラギさんにお金あげてるの。しかもギャンブルに使うお金。今日だって財布の中身全部渡してて——」
そこまで言って、あたしはハッとした。
あたし今、むきになってる……。
たかだか出会って1週間の相手の話を、むきになって喋っちゃってる。
思えばこれは、今に限った話じゃない。
スメラギさんに抱き着かれたゴミヤを殴り飛ばした時も、ついさっき怒鳴っちゃった時も、なぜかあたしはむきになってた。
あいつのデレた顔を見ると胸がざわついて、それがいつの間にか怒りに変わって、どうしようもなく悲しくなった。
だからさっきだって、ついて来なくていいって、あいつのことを突き放した。
なのにラボに来てからずっと、あいつのことばっか考えてる。
「さては嫉妬してるね」
「はっ……⁉」
にやりと笑い、セイサ博士は言った。
「ストリ君の気持ちはよくわかる。そりゃあ意中の男性が、他の女性に尻尾を振っていたら、ムカムカもするだろう」
「い、意中の男性って……あたし別にゴミヤのこと好きじゃ——!」
「彼は君にとっての恩人だ。炎上という火の渦から、君を救い出したヒーローだ。そんな相手ならば、意識せずとも好意くらい抱くはずだよ」
「それはまあ……」
……嫌いってわけじゃないけど。
「彼はああ見えて、正直すぎるところがあるからね。そういう意味でも、君には理解し得ないんだと思う。スメラギさんに、ベタ甘なところとかね」
「そうそう。あいつ絶対スメラギさんのこと大好きだもん。さっきだってちょーっと甘い言葉かけられたからって、すーぐ財布開いて——」
あ……またむきになってる。
「君は可愛らしいね。ファンが多いのも納得だ」
「んん……」
顔がすごく熱い。
セイサ博士、超にやついてるし……。
もしかしてあたしって、自分で気づいてないだけで、ゴミヤのこと好きなのかな……。
恋、しちゃってるのかな……。
……いやいや、そんなわけない。
だってまだ出会って1週間だし。
あたしそんなチョロい女じゃないし。
「何がともあれ。君と彼は似た者同士ってことさ」
セイサ博士は続ける。
「彼が君を救ったように、彼もまたスメラギさんに救われてる。スメラギさんは、ゴミヤ君にとってのヒーローなんだよ」
「だから貢いでるってこと……?」
「それが彼なりの愛情表現なんだろうね」
そう言って、人差し指を立てたセイサ博士。
「一つ誤解をしているようだから教えてあげる」
「誤解?」
「スメラギさんは、お金に困ってなどいないよ」
「えっ……」
それは一体どういう意味だろう。
「ギャンブルのしすぎで金欠なんじゃないの?」
「あの人は業界でも5本の指に入る実力者だよ。その気になれば、たとえ金欠でもすぐに脱却できるはずさ」
「じゃあなんで……」
「君はリン社長を知っているかい?」
「リン社長って、確か軍服の」
「彼女とスメラギさんは元同僚でね。当時ギャンブル好きのスメラギさんを見かねたリン社長に、キャッシュカードの改造を頼まれたんだ」
「キャッシュカードの改造?」
「現金を下ろせるのは月10万まで。それ以上の現金を下ろそうとすると、カードが爆発するように制限を付けたんだよ」
え、何その力技すぎる制限……。
「じゃあスメラギさんは、金欠だからゴミヤにたかってたわけじゃなくて……」
「現金が下ろせないから、ゴミヤ君から借りていたんだろうね」
いや、でもまって。
それだと制限を掛けた意味なくない……?
「ちなみに借りた分のお金は、給料に上乗せして返してるって聞いたよ。ゴミヤ君は知らないようだけど」
「そう、なんだ……」
ギャンブル中毒な挙句、同僚から金巻き上げるヤバい人だと思ってたけど。スメラギさんって、意外と根はまともなのかも。
「だから、ストリ君が心配することは何もないさ」
「べ、別に心配とかしてないし」
まあ、とにかく。
ゴミヤが損して無いみたいでよかった。
「さあ。誤解も解けたことだし、君は戻って武器のお披露目を——」
セイサ博士が言いかけたその時。
プルルプルル。
あたしの背後で、スマホの着信音が鳴った。
「おやおや? 来てたのかいゴミヤ君」
振り返ると、物陰にはゴミヤが居た。
見つかったことに気づいた彼は、バツが悪そうな顔を浮かべる。
「あはは……どどどうも~」
そんな気持ちの悪い反応を見せたゴミヤは、現実から逃げるように電話に出た。
話を聞いている感じ、相手はシレイ社長みたいだ。
それから僅か30秒ほど。
電話を終えたゴミヤが、引きつった顔で近寄ってくる。
「ど、どうですかね。武器の調子は」
「かなりよさげだよ。ね、ストリ君」
「え、あ、うん」
……やっぱりまだ気まずい。
多分ゴミヤも、同じこと思ってる。
でも、原因はあたしだし。
どうにかしないとなのは、あたしの方だよね。
「……ありがと」
「えっ」
「素材、使ってくれたんでしょ」
ゴミヤは、一瞬驚いたような顔をした。
そしてセイサ博士と目くばせする。
「あたしのために色々してくれてありがとう」
「お、おう。どういたしまして」
「それと……さっきはごめん」
正直すごく恥ずかしかった。
でも、それ以上に謝らないとって思った。
「俺の方こそすまん。心配かけて」
「べ、別に心配はしてないから」
そうだ。
あたしは心配なんてしてない。
ただ、ちょっとムカついただけで……。
「そうだ。今シレイ社長から電話があってさ」
「あ、うん」
「依頼が入ったから、すぐ現場に向かってくれって。俺とまおりぬの2人で」
ゴミヤから出たのは、そんな唐突な話だった。
と、セイサ博士が嬉しそうに飛び跳ねる。
「早速あの子の出番だ! 頑張るんだよ! ストリ君!」
「う、うん。頑張る」
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