第12話 依頼主 新世界秋葉原西店 様 ②
ダンジョンの内部は、かなり腐敗していた。
岩壁にこびりついているテカテカは、おそらく油汚れ。向こうにある白いモハモハは、白カビだろう。他にも腐敗した場所が、いくつも点在している。
飲食店がダンジョン化すると、こうなるケースが多い。
この汚れから毒ガスが生まれ、ダンジョン内部の空気を徐々に汚染させる為、こういった現場は、迅速な作業が求められる。
故に、攻略の難易度は高めだ。
「たまたま居合わせてよかったですね」
「そうだね。うち以外の企業には荷が重いだろうし」
もしこのような現場を任せるとしたら、最低Bランクは欲しい。そういう意味でも、現状俺たち以上に適したクリーナーはいないだろう。
「ところで、ゴミヤくん」
「なんでしょう、スメラギさん」
「そんなにおっぱいが好き?」
「ふぁっ⁉」
思わぬ指摘に素っ頓狂な声が出た。
「さっきからずーっと私の胸を見てるから、気になっちゃって」
「そそそそそ、それはその……」
まさか見てたことを悟られるとは……。
「走ってる時の振動がたまらず、つい……」
「うふふ、正直でよろしい」
素直に言えば、スメラギさんは微笑んだ。
すぐ隣を走る彼女のおっぱいは、今もなお上下に激しく揺れている。
「前にもよく見てたよね。私のおっぱい」
前、というのは、俺がまだ新人だった頃だろう。
確かにあの頃も、隙あらばスメラギさんの胸を見ていた。そのせいで何度も、モンスターに吹っ飛ばされたっけ。
「やっぱり男の子は、大きいお胸が好きなのかな?」
「それはもう、大きければ大きいほどいいと言いますか、ええ」
「じゃあ私のお胸も、ゴミヤくんの好物なんだ」
「大好物です」
俺はこのバインバインを、一生だって見続けられる。このバインバインさえあれば、水と食料を抜いても生きていける自信さえある。
もっと言うなら、そのバインバインに往復ビンタされたい。顔がひしゃげるまで殴られた後は、そのたわわなおっぱいに挟まれて窒息死したい。
それくらい俺は、巨乳が好きだ。愛している。
「そういう素直なところ、私好きだよ」
「えっ」
思考が完全なるフリーズをきめた。
今、俺を好きだって……あのスメラギさんが、俺を好きだって——。
「ペットみたいで(笑)」
「ペット……」
今、完全に語尾に(笑)が付いていた。
スメラギさんにとって、俺はペット……。
何だろう。
悪い気はしない。
むしろ良い。凄く良い。
「冗談冗談。ちゃんと後輩として大好きだよ」
優しく微笑んだスメラギさんは、バインバイン揺れるおっぱいに手を置いた。
「でもそっかぁ、そんなにこれが良いんだぁ」
「スメラギさん?」
やがて思い立ったような顔で言った。
「そこまで言うならさ、触ってみる?」
「へっ……」
「冗談……ですよね?」
「ううん、冗談じゃないよ」
耳元に顔を寄せてきたスメラギさんは、
「ゴミヤくんが触りたいなら、私はいいよ」
脳が溶けるような甘い声で、そう囁いた。
身体中を稲妻が駆け巡る。
やがてそれは、我が息子に集約した。
「減るものでもないからね」
「ででででもそれは……何と言いますか……」
「うん?」
「我が武士道に反すると言いますか……グングンがギンギンでガンガンと言いますか……ドリームズカムトゥルー夢を掴めニッポンと言いますか……」
「何言ってるの?」
ダメだ……脳みそが完全に溶けてやがる……。
「とととにかくその、そういうのはちゃんと段階を踏んでですね……」
「ふふっ。真面目だね、ゴミヤくんは」
小さく笑ったスメラギさんは、また顔を近づけて来て——。
「そういうところが好き」
「……っ‼」
再び、俺の脳を溶かした。
そのあまりの攻撃力に気絶しそうになったが、何とか堪える。
「でも、貰えるものは素直に貰った方がいいんだぞっ」
「そ、それもそうですね、あはは……」
何かいい事でもあったのだろうか。
今日はやけにグイグイくるような……。
「じゃあさ、こんなのはどう?」
人差し指を立てたスメラギさん。
「もし無事にこのダンジョンを攻略出来たら、ご褒美をあげる」
「ご褒美……ですか」
「うん、ご褒美」
そう言って彼女が手を置いたそれは、バインバインに揺れていた。見れば見るほどバインバインだ。バインバインのボインボインでポヨンポヨンだった。
ごくりと、生唾を飲み込む。
「おっと。ゴミヤくん、止まって」
スーツの袖をつんっと引っ張られた。
俺はハッと正気に戻り、すぐさま足を止める。
「モンスターだよ」
視界の先に目を凝らせば、そこでは巨大な黒い何かが上下にバインバインしていた。それも一匹だけじゃない。ざっと見、10体ほどは視認できた。
「あれってまさか……」
「うん、きっとハエトリグモ。これだけの数は珍しいね」
ハエトリグモ。
別名ぴょんぴょん蜘蛛とも言ったりする。
本来は1cmほどの小さな蜘蛛で、その名の通り小バエなどを飛んで捕食する変わった蜘蛛だ。益虫として知られているが、ダンジョンに現れる場合は違う。
巨大化したハエトリグモは、人間を捕食する。
こいつらに捕食されたというクリーナーの話を、俺は嫌というほどに聞いた。大抵の場合、生きたまま喰われるので、遭遇したら逃げるクリーナーも多いらしい。
「今日は大仕事だ」
「久しぶりの共闘にはもってこいですよ」
ちょうど身体を動かしたいと思ってたんだ。スメラギさんもいることだし、ここはひとつ、成長した姿を見せるとしよう。
「来るよ、ゴミヤくん」
「了解です」
跳ねながら近づいてきたハエトリグモは、まるで弾丸のような速度で、次々と俺たちに突っ込んできた。巨体も相まって、もはやその威力は大砲並みだ。
ドドーン!
爆音と共にダンジョンが揺れる。
大きく飛翔し回避した俺は、天井を足場としてネクタイ剣を構えた。スメラギさんも同じくベルト
「私はあの子たちの相手をするね」
「じゃあ残りは俺が」
地面に漂う砂ぼこり。
先に飛び出したのはスメラギさんだった。
伸縮自在かつ超硬度。
セイサ博士自慢のベルト型武器をうねらせながら、宙を舞う姿は圧巻の一言で。俺が天井を蹴る頃には、2体ものハエトリグモを三枚おろしにしていた。
「俺も負けてられないな」
スメラギさんに成長した姿を見せる。
意気込んだその時、砂ぼこりの中からハエトリグモが大ジャンプした。俺はギュッと持ち手を絞り、向かってくるそいつの脚を一本残らず切り落とす。
勢いよく岩壁に突っ込んだハエトリグモ。
俺は即座に体勢を立て直し、身動きの取れないそいつにとどめを刺した。
一息吐く間もなく。
次のハエトリグモが俺を捕食しようと飛びかかって来た。俺はそいつを回転蹴りで弾き飛ばし、仰向けに倒れたところを真っ二つにする。これで俺も2体。
「凄いねゴミヤくん。もう立派なダンジョンクリーナーだ」
「2年も働けばこうもなりますよ」
空中で軽い会話を交わしながら、俺たちはモンスターの駆除を続けた。
スメラギさんの戦いが生で観れるなんて、今日はついてる。彼女のベルトさばきはもはや芸術。あの姿に憧れたからこそ、俺は相棒にネクタイを選んだのだ。
そして何よりも。
おっぱいのバインバインが凄い。
「この子で最後かなぁ」
戦闘時間、約1分。
最後のハエトリグモを切り伏せたスメラギさんは、ジャケットに付いた砂ぼこりを払いながら言った。
「ダンジョンの核は、この子たちじゃないみたいだね」
「ですね」
倒したどのハエトリグモも、ダンジョン因子を持っていなかった。
ということはつまりだ。
こいつらよりも厄介な相手がこの奥に居る。
「毒のこともあるし、先に進もうか」
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