第11話 依頼主 新世界秋葉原西店 様 ①
「よしっ! お前らっ! 景気づけに今の目標を言えっ!」
テーブルに片足を乗せた社長は、前振りもなくそう言った。
「我の目標は、巨万の富を得て世界を征服すること! そして我がブラックデストロイクリーナーを、業界NO1の大企業に進化させる!」
このように、酔った社長はとことん自由だ。
それに付き合うのも、部下の仕事なのだろう。
「次! スメラギ!」
「私は、そうだなぁ。今までのマイナスを取り返すことかな」
煙草をふかしながら答えたスメラギさん。
と、不意にまおりぬが顔を近づけてきた。
「マイナスって何?」
「ああ。スメラギさんはギャンブルが大好きでさ、今とんでもない負けを背負ってるんだよ。パチンコで260万だろぉ、それと競馬で170万で——」
「そ、そんなに負けてるの……⁉」
「そうなんだよぉ。だから俺もどうにか力になりたくてさ、しょっちゅうスメラギさんに金を貸してるんだ。それもあって最近は金欠で、まったく困っちまうよな!」
「狂ってるわよ……」
淑女なのにギャンブルに沼るそのギャップがちゅき。
これからも全力で投資させていただきますっ!
「続いて、コウホ!」
「んあ、わぁwちdrfyしゅlp」
「よし! まずは口の中を空にしようか!」
むちゃむちゃとハムスターの様に咀嚼するコウホ。
まだ皮串を食ってたらしい。
ごくりと飲み込むと、「ぷはぁ」と幸せの吐息を漏らした。
「わっちの目標はただ一つ。スメラギ様を、業界1のダンジョンクリーナーにするアル。それさえ達成できれば、わっちは満足アルよ」
「コウホちゃん……いつもありがとうね」
「うへへへっ」
スメラギさんに頭を撫でられ、だらしない顔をするコウホ。
「お金ちょうだーい」とねだられ、コウホはすぐに財布を開いた。
あまりにもガバガバだ。
まあ、俺も人の事は言えないのだが。
「次! ゴミヤ!」
社長に指名を受けた。
みんなの視線が俺に向く。
目標……目標か。
あまり考えたことはなかったが、きっと今の俺にはそう呼べるものがあると思う。
例えば……そう——。
「”死ぬまで生きる”……ですかね」
「ん、それはどういう意味だ? 説明を頼む」
「俺はこの会社に入るまで、死んだように生きてきました。目標もなく、ただ社会の為の道具として働いていただけ。そこに『生』なんてものは無かった」
ブラック企業時代の俺は、生きる屍も同然だった。
「だからこの先の未来は、それとは真逆の人生を歩みたい。信頼できる仲間とバカ騒ぎして楽しい毎日を過ごし、そして幸せに死ぬことが俺の目標です。そのためにはこの会社に倒産されちゃ困るんで、社長の目標を一緒に担がせてもらいますよ」
「ゴミヤ……お前はなんて良い部下なんだ……」
今すぐ10万投資して。
と言われたので、俺は間髪入れず断った。
「次、ストリ」
続いて指名を受けたのはまおりぬ。
「今日の主役だ。自己紹介も兼ねて、お前の野望を聞かせてみろ」
「あたしは……」
一瞬口ごもったまおりぬは、
「日本一の女性配信者になる」
迷いのない表情で、力強くそう言った。
「そのためにあたしは、ダンジョンクリーナーになった。これからはこの会社のみんなと配信を続けて、必ず”脂身バラ子”を超えてみせる」
やはり口にしたのは、あの超人気配信者の名だった。
脂身バラ子って誰だっけ? と、みんなが口を揃えて言うので、「やおつべのおっぱいです」と説明したら、「ああー」という納得の声が場を満たした。
さすがは脂身バラ子だ。
まさか『やおつべのおっぱい』で伝わるとは。
「そうとなれば、新事業である『ダンジョン配信』を、一刻も早く形にしなくてはな。期待しているぞ、ストリ……いや、まおりぬ」
こうして突然の余興は幕引きとなった。
それからは各々のペースで飲み会を楽しむ。
シレイ社長はひたすらに生中を喉に流し込み、スメラギさんはそんな社長の話し相手をしながら煙草を吹かす。コウホは相変わらず皮串をかっ喰らい、俺とまおりぬは、他愛もない世間話をしながら酒を嗜んでいた。
ああ、やっぱり俺、この会社が好きだ——。
ふと、そんなことを思ったりもした。
例え経営が傾いていても、先月の給料が未払いのままでも、自然体で居られるこの環境は、あの頃の俺の理想そのままだった。
ずっとこの時間が続けばいいのに。
酔いのせいか、感慨にふけっていたその時だった。
「きゃぁッ‼ ネズミッ‼」
遠くのテーブルから悲鳴が聞こえた。
つられてそちらを見れば、目につく客たちがパニックになっている。
そんな彼らの足元をひた走るのは、数匹のネズミだった。
「誰か何とかしてッ……‼」
テーブルの脚を縫うようにして走るそのネズミたちは、ホールを横断しキッチンの方へと入っていく。
何とも都心の激安居酒屋らしい光景だ。
やがてキッチンから、スタッフの悲鳴が届いた。
そのすぐ後のことだった。
壁がぐにゃりと歪み、瞬く間にその形を変える。
そして現れたのは、岩壁に身を包む巨大なダンジョン——。
「ダンジョン化……しかもこの規模は……」
まおりぬの時とは、比べ物にならない。
あの時は一本道だったが、今回は完全に迷宮化しているため、攻略は一筋縄ではいかないだろう。
何にせよ、至急対応を——。
「社長! 今すぐ俺たちで……! って、寝てるし」
緊急事態だというのに、ぐーすかいびきをかいて寝ているシレイ社長。
毎度のお決まりすぎて草も生えない。
美人で胸もデカいのにそそられないのは、こういうところが原因なのだろうな。
「スメラギさん、ここは俺たちで対応しましょう」
「そうだね。このまま放置するわけにもいかないし」
そう呟いたスメラギさんは、煙草を灰皿に押し付け立ち上がる。
「ごめんね、コウホちゃん。シレイちゃんの事お願いしていい?」
「スメラギ様が行くのならわっちも……!」
「コウホちゃんにはここに残ってほしいの」
穏やかに笑ったスメラギさんは続ける。
「これだけの大きさだから、ダンジョン因子が1つじゃない可能性もあるでしょ? 全員で潜入して、もし外にモンスターが出ちゃったりでもしたら大変だし。コウホちゃんには、そうならないように門番してもらいたいんだ」
「で、でも、わっちはスメラギ様と一緒がいい……」
グズるコウホの頭に、スメラギさんはそっと手を置いた。
「コウホちゃんなら出来るよね?」
「……っ、もちろん、出来るアル。わっちに任せてくださいでアル」
「えらいえらい。コウホちゃんはいい子だね」
「えへへっ」
撫でられて満足そうにするな!
と、まおりぬは困ったように手を挙げた。
「あ、あの。あたしはどうしたら……」
「ストリちゃんもここに残って。みんなの避難誘導をしてあげて」
「わ、わかった」
指示を終えたスメラギさんは、身に着けていたベルトを外した。
その金具部分を持ち手とし、まるでムチの様に構える。
「こっちの事はよろしくね」
笑顔で言って、ダンジョンに向かって走り出す。
俺もネクタイを外し、遅れてスメラギさんの後を追った。
「スメラギさんと仕事か……新人研修を思い出すな」
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