第2話 依頼主 ストリ・真緒 様 ②
「つまりあんたは、ずっと胸を偽装して配信してたってことかよ」
「そうよ、悪い?」
まおりぬは、開き直ったように言う。
「男はみんな巨乳が好きなんでしょ? それだけで好意的に見えるから、あたしみたいなつまらない女の配信を観に来てるんでしょ? だったら偽装して配信することの何がいけないのよ。お互いの理にかなってるじゃない」
「確かに俺は巨乳が好きだ。あんたの配信を観るようになったのだって、サムネイルのおっぱいにつられたからで、正直内容なんて興味がなかった」
「だったら——」
「でも、いつしか俺は、あんたの話に耳を傾けるようになってた」
「……っ!」
「おっぱいが映ったワイプじゃなくて、あんたの操作するゲーム画面を観るようになってた。最初はニット越しのおっぱいにしか興味がなかったはずなのに、いつしか”まおりぬ”という一人の配信者を好きになってたんだ」
まおりぬが試合に負けると、自分の事のように悔しかった。
まおりぬのランクが上がると、自分の事のように嬉しかった。
そうやって彼女と喜怒哀楽を共にしてきたからこそ、今回の炎上は悲しかったし、嘘を吐かれていたという事実に至っては、虚無を覚えるほどに落胆した。
「貧乳には人権がないって、あんたは言ったよな?」
「そ、それが何よ。事実じゃない」
「じゃあ、あんたはどうなるんだよ。胸を偽装してたあんたは、人権がないってことなのかよ。それとも大勢を騙して築き上げた今の地位があれば、断崖絶壁でも許されるってことなのかよ」
「それは……」
口ごもるまおりぬに、俺は問う。
「なあ、まおりぬ、教えてくれ」
「……」
「どうしてみんなを騙すようなことをしたんだ」
これほどまでに感情的になっているのは、きっとそれだけ”まおりぬ”が好きだったということなのだろう。
「うるさい……」
「えっ」
「うるさいうるさいうるさい……」
地べたに座り込んだまま、まおりぬは乱暴に言葉を吐き出した。
「自分が最低な女だってことくらい、あたしだってわかってる……それでもやるしかなかったの。だってあたしには、おっぱいがないから……」
「たとえ胸が無くなって、コツコツ活動を続けてれば必ず——」
「伸びる可能性はあるでしょうね。でも、あたしには到底無理だった」
まおりぬは俯きながら続ける。
「知ってる? あたしの初配信」
「いや」
「でしょうね。だってあたしの初配信の視聴者は0だったから。当時はワイプもつけてなくて、声だけの配信だった。今はアーカイブ非公開にしてる」
まおりぬに声だけ配信の時代があったとは。
「あたしは3ヶ月、そのまま毎日ゲーム配信を続けてみた。でも、視聴者はほとんど増えなかった。平均同接は5人前後で、チャンネル登録者に関しては100人にも満たない。才能がない自分には当然の結果かなって、一応納得はしてたつもり」
でも——。
「ある日、同じゲーム界隈に新しい配信者が現れた。その人は配信初日からとんでもない同接を叩き出して、一躍時の人になったのよ」
「それってまさか……」
「脂身バラ子。あんたも名前くらいは聞いたことがあるでしょ?」
脂身バラ子と言えば、今やチャンネル登録者数100万人越えの超人気女性配信者だ。その豊満なGカップと、耳が心地いい甘い声が特徴的な美女。この間チラ見したライブの同接は、1万5千を超えていた。
「あたしの3ヶ月を、あいつはたったの数分で抜き去っていった。その時のコメント欄を、あたしは一生忘れないでしょうね」
「コメント欄?」
「視聴者のほとんどがゲーム画面じゃなくて、ワイプにしか興味がなかったのよ。その現実を前にした時、細々と配信を続けている自分が馬鹿らしくなったの」
「だからあんたは、胸を偽装して顔出し配信を始めたのか……」
「ええ、だってあたしには、配信者としての人権がなかったから」
「……っ」
「人権がないなら、偽装してでも創り上げるしかない。そう腹を括って、あたしも配信画面にワイプをつけた。するとあら不思議。うなぎ上りに数字は増えて、気づいた時にはチャンネル登録者が50万人を超えてた」
まおりぬは、まるで自らを嘲笑するように嗤った。
「どう? こんな皮肉、他にあると思う?」
自分を絶望させた相手を真似て、人気女性配信者の地位を得た。
いわばそれは、数字が出なくともコツコツと努力を続けていた初期の自分を、否定する行為に他ならない。
「あたしには配信者としての才能がない。特別ゲームが上手いわけでもない。だからこの界隈で人気になるためには、本来の自分を捨てるしか道はなかったのよ」
「『貧乳には人権がない』っていうあの発言……まさかあれは、あんた自身に向けたものだったのか?」
「そう、かもしれないわね。一度嘘を吐いたからには、それを吐き通す責任があたしにはあるから。巨乳配信者”まおりぬ”として、この炎上は必然だったのよ」
まおりぬは、弱弱しい笑みを浮かべ俺を見た。
「これがあんたの推してた”まおりぬ”の全て」
「……」
「失望したでしょ? まあ、あたしのリスナーなら当然よね。どうせみんな、おっぱいにしか興味がないんだから。それが偽物じゃ、推す価値もないわよ」
確かに、失望して二度と配信を開かないリスナーもいるだろう。
でも——。
「俺はそれだけで、あんたを推してたわけじゃない」
「えっ……」
いくら胸を偽装していようと、彼女が努力家であることは変わらない。いくら胸を偽装していようと、彼女が今日まで創り上げてきたドラマは無くならない。
「さっきも言ったろ。俺は”まおりぬ”という一人の配信者が好きだって」
「そ、そんなの、あんた一人がそう思ってるだけの話でしょ。他のリスナーはきっと——」
「だったら、確かめてみればいいだろ」
「えっ……」
「ありのままのあんたで配信して、みんなの反応を確かめてみればいい」
「そ、そんなの、出来るわけがないじゃない……」
「どうして」
「だって本来のあたしは、退屈な配信しかできないダメな人間だから……」
今、わかった。
きっとこの人は、自分に自信がないんだ。だからこそ、脂身バラ子という天才に憧れ、その皮で本来の自分を偽装しようとした。
彼女もまた、あの頃の俺と同じなんだ——。
「ダメな人間かどうか決めるのはあんたじゃない」
俺はそう言って、彼女の家の玄関を開いた。
「な、何するの?」
「あんたの腐った根性ごと、この部屋を掃除するんだよ」
首に巻いていたネクタイをほどき、それをグルグルと腕に巻き付けた。
「それが俺の、ダンジョンクリーナーの仕事だからな」
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