メンヘライン
佐々井 サイジ
小谷さん
パンツスーツのポケットが振動した。取り出したスマホの画面には『トイレで泣いてる』というポップアップが表示されている。小谷さんがまた病んだ状況を同期ライングループでセルフ実況しだした。
私は密かに〈メンヘライン〉と名付けている。近くに人がいないことを確認して舌打ちした。この一行は『仕事で辛いことが重なってトイレに駆け込んで泣いてる私を、長所を添えつつ最適な言葉で慰めて』と訳さないと小谷さんとコミュニケーションを取ることが不可能だ。
『そのままトイレに閉じこもってろブスメンヘラ』
頭に浮かぶ悪口は実際に言葉には出さずに体内に沈めるものの、メンヘラインが届くたびに浮かんで来る厄介な代物だ。
もう何回目かな、小谷さんが面倒なLINEをしてくるのは。入社間もないころはさすがに心配だったけど今は痛々しいだけ。もうすぐ年度が替わって後輩ができるのにかまってちゃんで良いのかと思わないのが不思議で仕方ない。
本気でみんな、小谷さんのために世話を焼くと思ってんのかな。実際、二年目間近だけど、まだまだ慣れないことも多い。トイレで泣いてる面倒なヤツにかまうほど余裕はない。みんな泣きたいこともあるけど我慢してやってんだけどね。悲劇のヒロイン面する小谷さんの実像はもはや喜劇のメンヘラだ。
それでも小谷さんにかまう人はちらほらいるもので『どうしたの』『何かあった』と返信が届き始めた。矢谷君や大石君は『いつでも相談乗るよ』みたいな文面を送っている。よく言うよ。あんたらは『あわよくばヤれたらラッキー』くらいにしか思っていないよね。二十三歳の男なんて所詮性欲の奴隷なんだろうな。
彼らは同期の女で一番かわいいのは誰かをトーナメント形式で入社前研修会のときに決めていたらしいし。小谷さんは女子の同期からは『かわいい』と言われているけど、明らかに自分より見劣りする人に向けて、心理的余裕があるときしか使われない言葉であることを小谷さんは気づいていない。
小谷さんはゆるキャラのようにデフォルメして自分を見ているような感じがする。目が顔の半分以上を占めるわりには、体が顔より小さい女の子。それが小谷さんが思う小谷さん。痛々しくて泣けてくる。嘘だけど。だから『かわいい』を表面上の意味をさらわないとキャラが成立しないんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます