第1章 不思議の国に迷い込んだおじさん②

 十時から始めて途中休憩を挟みつつ、三時過ぎにはノルマの百匹を倒すことが出来た。後はユルユルと時間まで倒すことにする。切り株に座ってお茶休憩していると、小学生一、二年生くらいの男の子がやってきた。


「おじちゃん、冒険者なの?」

「あぁ、今日はここらへんのスライムを狩ってる。もうだいぶ減ったけどまだ危ないからお家帰りな。」


 小さな子どもにとってはスライムと言えど油断は禁物。早く帰るように諭す。すると、


「あのさ、俺にスライムの倒し方教えてよ。」


 少年が俺にお願いしてきた。


「いきなりどうした。」

「俺の父ちゃん、まだダンジョンから帰ってこないんだ。だから強くなって助けに行きたいんだ。」


 聞くところによると、少年の父親は冒険者で三週間過ぎても帰ってきて来ないらしい。いつもダンジョン遠征で半月ほど家を空けるのだが、今回はそろそろ一ヶ月になろうとしておりなかなか帰ってこなくてとても心配しているようだ。


 いじらしい少年の心にジーンとしたので、教えてあげることにする。まぁ、駆け出しの俺が教えてあげられることは少ないのだが、少年の心が落ち着くならそれもありだろう。


「焦るなよ。スライムが飛びかかってくるのを見計らって避けるんだ。そして、後ろに回り込んで叩きつける。よし、その調子だ。」


 俺は残りの時間、日が暮れるまでスライムの倒し方を教えた。少年の方もだんだん慣れてきてスライムに動じなくなってきた。なんだか自分の子供に教えているような感覚になって楽しい時間を過ごした。


「ハルト~。」


 どこからか子供を呼ぶ母親の声が。


「あ、母ちゃんだ。」


 子供を心配した母親がやって来た。まだ二十代後半くらいの若い女性だった。聞いた話から推測するに心労で少しやつれているようだが、なかなかの美人さんだ。


「母ちゃん、俺、おじさんにスライムの倒し方教えてもらったんだ。俺、強くなった。」

「まぁ。…あの、息子がお世話になったみたいで。」

「いやいや、お父さんを思う子供さんを見たら何かしてあげたくなって。何か思い詰めていたみたいだったので、気が紛れたら良いなと思ってやっただけですよ。」

「お気遣いいただきありがとうございます。」


 不審者と思われるのも嫌なのでそろそろ切り上げてギルドに戻ることにする。まぁ、二度と会うこともないだろう。


「それじゃあな、ハルト。」


 ニヒルに決めて去ろうとする俺。


「おじちゃん、もう帰るの?」

「あぁ、ギルドに今日の報告して宿に戻ろうかな。」

「家で一緒にご飯食べようよ。ね、母ちゃん。」

「え~と、それは…」


 さきほどの時間でハルトは俺にだいぶ懐いたみたいで、眩しい笑顔で母親に言う。


「おいおい、お母さんが困ってるだろ。それに見ず知らずの人を簡単に家にあげちゃダメだんだぞ。」


 困っている母親に助け舟を出す。だが、


 ぐるるぅ~


 俺のお腹が盛大に鳴った。


「ほら!やっぱりめっちゃお腹空いてるじゃん。それにめっちゃ仲良くなったじゃん。ね、母ちゃん。いいだろ。」

「…そうね。子供がお世話になりましたし、もしよろしければ夕ご飯食べていきませんか。」


 子供に根負けした母親が誘ってくれた。子供が俺に懐いているからだろう、悪い人間ではないと判断してくれたようだ。旦那が不在で寂しかったのもあるのかもしれない。少し気が引けないでもなかったが家庭の味に餓えていた俺は厚意に甘えることにした。


「そうですか。ご迷惑でなければお邪魔しようかな。」


 そう言って三人で家へ向かう。家は歩いて五分くらいらしい。帰る途中、母親と話すことでお互いの緊張も解けてきたように思う。道すがらワケあって冒険者をしていることを話した。旦那が冒険者をしているからだろう、俺にも理解を示してくれた。とても良い女性だった。


 少年の家では、久しぶりの家庭の味を堪能した。ずっとギルドの食堂で晩ごはんを食べていたから感無量だ。こっちに来てからは一本も飲んでいなかったビールも一本出してもらって奥さんとともに少しほろ酔いで良い気分で言う事無し。


「ご馳走様でした。こんなに美味しいご飯を食べたのは久しぶりです。」

「お粗末様でした。そう言って貰えると嬉しいです。」


 少年はご飯を食べながら、うつらうつらしている。今日の実戦でだいぶ疲れたらしい。


「ハルト、もう寝ちゃいなさい。」

「う~ん。」


 よほど眠かったのだろう、ハルトは大人しく部屋に戻って寝てしまった。二人きりになって少し気まずかったので何か話を振ろうと思い、旦那のことを聞くことにした。


「ご主人はいつから帰ってきてないんですか。」

「一ヶ月ほど前に仲間たちとダンジョンに潜って、それきり全然連絡がなくて…」

「そうでしたか…。」


 旦那の話をしたからか、母親はだんだん表情が曇ってしまった。マズい、間違った話題を振ってしまった。


「う、う、…うぇーん。」

「すみません。こんな話してしまって…。奥さん、今だけは泣いていいんですよ。」


 目に涙を浮かべた奥さんを抱き寄せて胸を貸した。まだ生きていると信じているものの別の可能性も感じているのだろう。俺に心の内を明かしひとしきり泣いた。


 泣いてスッキリした奥さんが顔をあげると、見つめ合う格好になった。


「大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。少しスッキリしました。」


 お互い少し飲んだからかほろ酔いで頬が赤い。何だか良い雰囲気だ。


 目は口ほど物を言う。


「奥さん。」

「あ、ダメです。」


 彼女の腰に手を回し、寝室へと誘った。そして彼女の山に登り探索を始めたのだった。


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