第9話 予想していなかったお客さん

 障壁バリアを解除したとて、隣の家とは数十メートル離れているから、いくら叫んでも助けが来ることがないと、自覚した俺はスゥ~ハァ~と深呼吸をしてから覚悟を決めると、不快な音の正体を確かめるべく床に目を落とせば、そこにいたのは……半透明の潰れたビーチボールみたいな物体だった。


「えっと、もしかしてスライムなのかな?」

『……ピチャピチャ』

「まあ、話しかけても無駄か」

『……』


 とりあえず、スライムと思われる物体は俺に対して無関心なのか俺よりも俺が散らかしたゴミの方に興味があるらしく空き缶やビニール袋など分別することなく、どこかおいしそうに自分の体の中へと取り込んでいる。


 どうして、おいしそうに見えたかと言えばスライムがゴミを取り込み、そのゴミが半透明の体の中でジュワッと溶ける瞬間にスライムの体がプルプルッと震えるのが俺には女子が美味いモノを食べた時の「ん~!」という仕草に見えたからなんだがけどね。


 まあ、スライムに性別があるのか、味覚があるのかは、勿論俺に分かるハズもないが、空き缶を取り込む度、おにぎりのビニールを取り込む度にその体がプルプルと震える姿を見ている内に俺は、そのスライムを可愛いと思ってしまった。


 そして、野良猫を手なずけるように手の平の上にツナマヨを少しだけ載せると「チッチッチッ」とスライムの気を引いてみる。


『……!』

「お、気が付いたみたいだな。ほら、チッチッチッ」

『……?』

「分からないか。ってか、目はないよな。なら、もう少し近付いてみるか」


 俺は椅子から下りると、スライムに手を差し出したままゆっくりと近付く。


 するとスライムも俺のことを認識したのか、触手らしきモノを一本だけ伸ばすと俺の手の平に近付けてくる。


「そうだ。そうそう、ほら、怖くないから……」

『……』


 スライムは俺の手の平を確かめる様に触手でソッと触ると、その手の平に載せているツナマヨに触れると、ビクッとなる。


 多分だが、俺の手の感触との違いに驚いたのだと思う。だから、俺は「大丈夫だから、ほら」とスライムに話しかければ、スライムも理解したのか、ツナマヨをチョンチョンと不思議そうに触った後に触手で掴むと一瞬、躊躇した様に見えたので俺は「食べな」と優しく声を掛ければ、持っていたツナマヨを触手を通して体の中に取り込めば、その体の真ん中辺りでジュワァ~と溶かしだし、スライムの体がプルプルと震える。


「ふふふ、そうかそうか、美味いか?」

『ピッ!』

「ん? もしかして今鳴いたのはお前か?」

『ピィ!』

「おう、そうか。俺の言葉が分かるのか?」

『ピピィ!』

「ふふふ、例え一方通行でも話が出来るのはいいな。よし、お前も呑め!」

『ピ?』


 俺は発泡酒のプルタブを開けるとスライムの前に置く。スライムは触手で感触を確かめると、さっき自分が取り込んだモノだと認識したのか、一気に体の中に取り込もうとしたので俺はソレを慌てて止める。


「あ~ダメだよ!」

『ピ?』

「いや、一気に煽りたいのも分かるけど、コレはそうじゃない。こうやって少しずつ呑むものだから。分かる?」

『ピィ……』


 スライムは俺が怒ったと勘違いしたのか、少し萎んだ様にも見えるが、俺は怒っているんじゃないと説明しながら、ゆっくり呑むものだと発泡酒の缶を少しだけ傾け、口の中に流し込むのを見せる。


 するとスライムもそれを見ていたのか、どうかは分からないが俺の言いたいことを理解してくれた様で触手で缶を優しく包むとそれを傾け、自分の中に少しだけ注ぎ込めば『ピ~!』と喜びに体を勢いよくブルブルと震わせる。


「お、美味いか?」

『ピ!』

「そうか、美味いか。じゃあ、今度はこれだ」

『ピ?』


 俺は今度は梅干しのおにぎりを手に載せ、スライムの前に差し出せば、スライムはもう抵抗がないのか、俺を怖がる素振りも見せずにおにぎりをシュッと取り込めばキュッと一瞬だけ萎んだ気がした。


『ピピピ!』

「お、怒ったの? そんなに酸っぱくはないと思うけど? でも、美味いだろ?」

『……ピ』

「ふはは、美味いのは美味いみたいだね。いっぱいあるからね、遠慮せずに食べていいよ!」

『ピィ!』


 ふとした切っ掛けで晩酌の相手をしてもらった相手。今も美味しそうに発泡酒の缶を片手? 片触手? にもう片方におにぎりを持ちながら、体の中に取り込む姿を不思議に思い眺めていた。


「そういや、お前はどこから来たんだ? 家の中は障壁バリアを張ったつもりだったけど?」

『ピュッ……ピュ……ピ……』

「ん? お前、酔ったのか?」

『ピィピピィ……』


 スライムは酔ってしまったのか、その半透明な体の上部分をゆらゆらと震わせているが、その触手はある方向を指していた。


 俺はソレがスライムが這い出て来た場所なんだろうと、その触手の差す方向を見れば、それは紛れもなく便所だった。


「便所……あ~なるほどね。お前は排泄処理担当としてトイレの中にいたと」

『ピ!』

「で、さっき俺が用を足したことで、久々の食事? にありつき、もっと欲しくなって出て来た……と」

『ピィ!』


 スライムはよく分かってくれたとばかりに俺の方へと寄ってきたが「いや、ばっちいから!」と俺は思いっ切りそれを拒否してしまう。


『ピ~』

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