勇者である姫は、城に引きこもったまま魔王を倒すそうです。
はじめ遼
イントロダクション 冒険は始まらない
《誠に勝手ながら本日をもちまして、〈勇者〉は廃業させていただくことになりました。
長らくのご愛顧、感謝申し上げます。
なお、今後の魔王討伐に関しましては、なんかいい感じに強い人の登用を適当によろしくお願い致します。
皆様の魔王討伐のご成功を、心からお祈りしております。
《エクセリク国王女 ソティル・エクセリク》
王女の部屋の扉の前に張られた紙。
スピラ・スピンテールは、その文面を黙読し、頭が痛くなる思いになった。
深紫のショートカットの髪に、翠色の瞳をした少女だ。本来美しく整っているはずの彼女の顔は苛立ちで歪み、眉間にしわを寄せて張り紙の内容を睨み付けていた。
スピラは怒りに火をくべるようかのように小さく息を吸うと、ビリッと張り紙を剥がし、扉を勢いよく開け放った。
部屋の奥には、椅子に腰掛ける少女の姿。
滑らかで透き通るような白い肌に、宝石のように美しくも快活に輝く蒼い瞳。それらの美麗を引き立てるかのように、真っ赤なシルクのワンピースを着ている。そして、服の上からでも分かる曲線美に富む肢体。
何よりも目を引くのは、腰まで届く流麗な黄金の髪だ。
窓から差し込む光で輝く髪を輝かせるその少女は、この世の者とは思えないほどの、神々しさを放っていた。
窓際に置かれた白い小さなテーブルには、ティーポットとソーサーが置かれている。
少女は優雅に椅子に腰掛け、カップを手に持ち、紅茶を味わっていた。
「はー、やっぱリール産の茶葉は、別格ね……飲むだけでリール山脈に旅立った気分」
「冒険に旅立て、この引き籠もり勇者ッ!」
スピラは少女の元に駆け寄ると、全力でその頭をはたいた。
少女は勢いよくテーブルに額をぶつけ、カップの中の紅茶が美しい金髪を濡らした。
「あっつッ! 何するのよスピラ!」
熱さにのたうち回ったあと、ソティルがスピラに向かって叫んだ。
「なんなのよ、この張り紙は!」
スピラが少女に張り紙を突き出した。
少女は紅茶を顔から滴らせながら、上品に微笑む。
「言ってなかった? 勇者は廃業したの。破綻、没落、店じまい。私はのんびりと、優雅な余生を過ごすから」
「廃業も何も、まだ冒険に旅立ってもいないでしょう!」
「そうだっけ?」
冷たい視線を向けるスピラに少女は惚けた顔をした。
この金髪の少女こそ、エクセリク国の王女にして、この世界の魔王を倒す運命を背負った〈勇者〉だった。
名を、ソティル・エクセリク。
「わたし、冒険はしない主義だから」
ソティルはスピラに向かって平然と言い放った。
冒険は、いまだ始まってすらいない。
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