第3話 美浜には何もない
美浜には何もないと綾子さんは言っていた。綾子さんが初めの大学で何科を取っていたのか僕は知らない。大学を卒業したあと綾子さんは自分は父親と同じように 障害のある子供たちを教える職に就きたいと思ったそうだ。教師になる資格を取るために福祉大学で講義を受ける必要があった。もともとは名古屋の千種区あたりにあった福祉大学は、その後 知多半島の先の方に移った。綾子さんの家があった多治見から知多半島まで通うのは大変だったので 知多半島にある大学の寮に入ることになったらしい。多治見から知多半島まで通うには JR 一本でだいたい 行けた。大学がある知多半島付近になってから 青波線に乗り換えればそれで行けた。綾子さんは週末ごとに 家まで帰っていたそうなので途中の 金山駅にあった ボストン美術館へはよく行ったそうだ。絵を見に行く時はほとんど一人で行ったそうだ。今はもうなくなってしまったボストン美術館に綺麗な女の子が一人で絵画を見ている姿は僕も 一度見てみたかった。僕には飾ってある絵 なんかより絵を見ている綾子さんの方が興味があった。まだ二十歳そこそこの美しい女性が一人 美術館で絵を見ている姿はそれだけで絵になる。壁に飾ってある動かない絵よりも 生きている美しい女性の方がずっと素敵だった。綾子さんとは ドガについては 少し話したことがあったけれど、それ以外については 全く話す機会がなかった。せめてモネか ローランさんについて話す機会を持ってたら良かったのに。綾子さんは絵についての知識がそれほどあるわけではなかったが、綾子さんという若く美しい女性の存在そのものが魅力的だった。はっきり言って絵の話なんかどうでもよかった。日本の若い女性にローランさんはかなり人気があった。まあサガンの小説の表紙 あたりに使われてから人気に火がついたんだろう。サガンの小説は雰囲気こそあっただけれどもそれほど優れたものでも面白いものでもなかった。ムードと言うか人気が先行していた 作家の典型だろうな。賞を取ってお金が入ってからサザンは好きだった ジャガーのスポーツカーを買ってスピード狂らしくコートダジュールあたりまで海岸沿いに続く道をぶっ飛ばしていたらしい。彼女にとって 小説は 手段であって目的ではなかったんだろう。確か 最後はスピードの出しすぎで転落事故、彼女は再起不能なほどの大怪我をしたと聞いている。まあそんな美人 小説家の非運な最後には興味はないが、こちらの若くて美しい綾子さんの天然な部分には多いに興味がある。いつもは慎重でクールでまず間違いをしたりしない人なんだけれども時として慌てたりするととんでもないミスをしたりする。でもまぁあのクールで冷静な綾子さん がそんな可笑しなミスをするのはとても愛らしいが、僕がよく覚えているのは玄関の電気をつけるつもりが間違えて消してしまったということぐらいだ。他にはあまり大きなミス はなかったように思う。僕が知らないところでは色々あったのかもしれないが残念ながら 僕が知っているのはそれぐらいだ。でも 綾子さんは消して美人で済ましている人ではなく 愛嬌がある 愛らしい人だった。子供達はその辺のことをよく知っているようであの綾子さんは よくからかわれていた。綾子さんは女の子にはよくあることで、虫が苦手なのだが男の子たちは大抵 カブトムシとかクワガタが好きで夏休みになるとそういう虫たちを持ってくるのだった。綾子さんはすごく苦手 らしくて虫を怖がっていたが、そうすると子供たちは余計に喜んで 綾子さんに近づけてくる。今でもよく覚えているが色白でほっそりとした綾子さんの首めがけてカブトムシを近づけては遊んでいた子たちのことを。綾子さんは虫を怖がって逃げるのだが 子供達は帰って面白がって近づけてくる綾子さん はほとんど目をつぶって階段を 逃げていたが、足を踏み外して子供たちの上に覆いかぶさった。さすがに見かねていたスタッフが子供たちに止めさせたりしていつもなかなか大変だった。
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