終点の次
晴れ時々雨
🚃𓈒𓂂𓏸
眠りこけて降りる駅を乗り過ごし慌てて違う駅で降りた。ここはどのへんだろう。聞いたこともなければ、ホームの様子もおかしかった。誰もいない改札を抜け構内を歩く。方向の案内がどこにもない。変だ。知っている路線には地下鉄がないはずなのに階段をいくら登っても地上に出ない。薄い灰色のタイルで囲まれた通路をひたすらすすむ。ここはどこだ。焦る。待て落ち着け。どうしてこうなった。仕事の帰り、いつものようにいつもと同じ電車に乗ったはずだ。そういえば普段は5分ほど到着を待つのに今日のはすぐに来た。というかホームに停車していた。疲れていたし、ラッキーだと、特に考えもせず乗ったんだ。しかし。この街には地下鉄がない。ここはどう考えても地下だろう。いやわからん。待て。駅名を調べようと思ったがどこにも書いてない。そもそも文字がない。天井付近の黄色い電光パネルには上向きの黒の矢印があるだけだった。確かホームにはあったはずだが慌てていたので確認しないまま歩いてしまった。まて確か。……Yosemite…ヨセミテ?は?である。スマホの時計を確認すると23:26になっていた。降りるはずの時間から一時間経っている。もしかして終点だったのか。連絡通路のタイル壁に背を凭れ天井をあおぎため息をつく。息の余韻が震えている。反動をつけ壁から離れ、震えを打ち消すように空気を吸うと、僕は再び目の前の階段を登った。
延々と同じような景色が続いているが全く同じというわけでもなさそうだった。ようは怪談などでよくあるループをしているわけではない。だから歩いていればいつかは出られるはずなのだ。そうだろ?そうだよな!?あまりこの構造について考えると頭がおかしくなりそうなので、適当に考える。そういえばスマホ。ここばかりはセオリー通りというか、圏外だった。一応彼女にメッセージを送ってみたがすぐに送信できませんの文字が虚しく表示された。自分が送ったメッセージを見直す。「たすけて」。なんか恥ずかしくなって削除した。
只今、零時を数分超えた時刻を迎えている。数え始めてから6個目の階段に上りつくと狭いホームに出た。オッやったー!思わず声が出たがどうせ誰もいない。自分の行動が矛盾し始めていた。絶対出口があると信じながら誰もいない状況を受け入れ始めている。それを証拠に、ホームの地べたに座りこんで休む。喉が渇いた。自販機がある。財布を出して商品を見ると、いちごじゅ〜すとめろんじゅ〜すとももじゅ〜すのそれぞれ、あったか〜いとつめた〜いがぞろりと並んでいた。うわ何だこれ初めてみた。決定ボタンのところには肉球があり、大きい肉球に無料と印字してあった。押すとにゃーと鳴った。感触がまた心地良い。ぷにぷにぷにぷにと感触を楽しんでいると、ぞば、と爪が出た。うわホンモノみたい。獲物を逃すまいと湾曲して突き出る鋭い爪を躱しながら何度も柔らかい肉球を押した。押す際に流れる効果音が威嚇に変わる。うわーこえー。ほら捕まえてみろー。
「ちょっと」
振り返ると、カラフルな電車に乗った男がいた。
電車が来ている。しかも人がいる。僕の頭は混乱した。
「君って昔からそうだよね。ボクの教科書に落書きしたりさ」とそいつは電車のドアを車のドアを開けるように横に開けて降り、ホームへ上がってきた。なんだか異様なやつだ。声は男なのだが、髪をツインテールにしている。メガネをかけた猫背の男だ。
しかし、昔って?僕の知ってるやつなのか。誰だ。サイズ感から気づきにくかったが、男の降りた電車をよく見ると、モールにある幼児用のショッピングカートみたいだった。戦隊モノのイラストと飾りがついていて、座席前に小さいハンドルがある。後ろには買い物カゴを載せる場所があり、その上部にでっかい取っ手が2本生えている。
「うわーこんなにでっかい」
「あのさ、なんでここにいるの?」
訝しそうに僕にたずねる。そう言われてもこっちだってそれが知りたい。
「こっちが聞きたい。ていうか、あんた誰」
「ぶしつけだなあ!覚えてないの?ま、そういうやつだったよね。ボクは、ちがたいら、だよ」
ちがたいら。あーあー、えー?なんでお前がここにいるんだ。知賀平は高校のときのクラスメイトだ。ほとんど喋ったこともないような関係だった。自分が目立っていたとは言わないが、彼もかなり控えめな存在だったと思う。
「なんでおまえ、ていうかここどこ?」
ツインテールを揺らして自販機の前まで来た知賀が人差し指で肉球ボタンをしばらくくすぐると、ゴロゴロという喉鳴らし音とともにガタンとじゅ〜すが出てきた。ペットボトルのあったか〜いももじゅ〜す。それを僕に差し出す。
「にゃんこのご機嫌がナナメだったぞ、まったく君は」
温度により甘味の増したももじゅ〜すを流し込む。うま〜いけどあま〜い。彼はもう一度ボタンを押し、いちごじゅ〜すを取り出した。ぺきぱきとキャップを開け、知賀は言った。
「ここは終点の次の新しい駅だよ」
えっ、やっぱり!
「って嘘だよ。ボクの夢、ここはボクの夢のなかさ」
なにいってんだ、と思いながら何となく納得した。
「どうして紛れこんだか知らないけど、待っても次の電車は来ない。ボクだってもうずっとここに居るんだ」
「年単位で?」
知賀は首を振った。
「わからない。来た頃より髪は伸びたけど他は変化がないしこれ以上伸びない。だからこれはボクの希望なんだろう。そうなんだ。ボクはずっとこうしたかった。その何もかもがここに揃ってる」
急に知賀の声が反響した。軽いめまいがして、さっき通ってきたグレーのタイル製の通路が四角く回転する光景がよぎる。
「君が見た時間、たぶん狂ってるよ。でもどうだろうね。ここへ君が来て、少しでも正常に戻ったかもしれない。だって君、ボクの落書きを修正するようなやつだったじゃない。でもそれも全然まともじゃなかったから、更に変に狂ったかもしれない」
あははと知賀は笑う。
自販機の明かりが急に点滅しだした。ピンク、黄色にくっきりと。
「うわっ」
ペットボトルから溢れたいちごじゅ〜すが知賀の手を濡らした。僕は盛大なゲップをした。
あのとき、僕は知賀の落書きを上書きして色を塗った。喉が渇くと炭酸が欲しくなる。
そうか。
じゃあここが駅である必要はない。ホームから強い風が吹く。先端まで行って見下ろすと眼下には夜景が広がっている。知賀を振り返り手を伸ばす。
「おまえも来る?」
僕は飛べる。夢なら、一度は飛んでみたいって思うだろう。ツインテールをなびかせた知賀の顔色が良くないようだ。
「むりだって…」
ぶつぶつとなんか言ってるが構うもんか。もうここは僕の夢のなかなんだ。
終点の次 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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