第24話 動機2
目的地に着くと無残な姿になっている掘っ立て小屋が目に入ってきた。
「家が…」
アキの言う通り、弥七の立てた家はものの見事に倒壊していたのだ。
「指輪は、確かあの辺りの箪笥から取り出してましたよね?」
暁が指をさす。既にアキが掘り出していたので三段箪笥は倒壊した家から露出していた。
3名はできる限り現場保全に努めながら確認したものの、やはりそこに指輪はなかった。
「一体誰が何のためにこんなことを」
龍が呟く。リンも同じく何か考え込んでいるようだ。
部外者がこの場所を知っているとは正直考えにくい。そうなるとアキの言う通り、この家の場所や指輪の話を知っている隊内の者の犯行である可能性は高いように思えてくる。
(もし隊内に犯人がいるとしたら目的は?暁や俺たちの班を嵌めるため?)
結界を張った当日ということであればその可能性は十分にありうる。現にまんまとひっかかり今日はかなり大変な一日だったのだから。
「あの」
龍とリンがそれぞれ物思いに更けっている中、暁がとんでもない提案をしてきた。
「指輪探してあげませんか?」
龍はとっさのことで何も言えなかったが、代わりにリンが返していた。
「探すって言ったって、何の手がかりもないのにどうすんだよ」
「いや、俺実は無くした結婚指輪を見つける術式知ってるんだよね。術の範囲はこの山一体くらいならいけると思う。壊れてたら難しいかもしれないけど」
そんなニッチな術式がこの世に存在することに龍は驚いた。
「そんなお誂え向きの術があってたまるかよ」
龍よりもリンのツッコミの方が早かった。
「正確には無くした対の物のもう一方を探す術式かな。結婚指輪に限定した術じゃないんだ」
「返すところそこじゃねぇ」
ツッコミが大変そうだったので龍が助け舟を出すことにした。
「なんでそんな術式知ってるんだ?」
「俺の母さんが結婚指輪をよく無くす人で。あ、俺の母さん見える体質で霊力とかも強かったんだと思うんです」
「じゃあ暁の母親がよく無くす結婚指輪を探すためにその術式を使っていたと」
「そうです。探索術式の一種だと思うんですけど」
「母親は人妖警察官だったのか?」
「いや、一般人だったと思いますよ。ただ、見える人はそういう防衛みたいなのも独学でやったりするじゃないですか。その延長だと思います」
今まで暁から本当の両親について聞いたことのなかった龍は、急に話された内容に内心驚いていた。班の中で死んだ両親の話はアンタッチャブルだったからだ。
リンも何となくそのあたりの事情は冬真から聞いているのかそれについては何も触れなかった。
「その術のやり方は?」
それどころか気まずい話題からそれとなく話を逸らしていた。
「あー、それがアキさんの協力が必要なんだよな」
「もしかして、もう一方の指輪か?」
「当たり。それと髪の毛と霊力」
途端にリンの顔が曇る。自分の顔も同じように渋った顔をしているに違いないと龍は思った。
「暁、すまないが既に妖力封じまでかけて拘束している妖怪を連れ出すことはできない」
「何とかならないですかね?指輪と髪の毛を借りて誰かが代わりにやるとか」
「盗まれたって話をしている奴から指輪を借りられると思うか?」
「ん-、じゃあやっぱり少しの間だけでもアキさんを連れ出すことは」
「無理だな。逃亡されたら一大事だろ」
リンがきっぱり言う。
「そもそもそこまでしてやる義理はないと俺は思う」
「何でだよ?アキさん、困ってるじゃないか」
「アキはやり方を間違えている。いくら自分の大切な物を奪われたからといって、罪のない人間を巻き込んでおいて被害者面か?正当な権利を主張したいなら人妖警察に被害届と捜索届を出せば良かったんだ」
リンの言うことは最もである。現世に棲まう妖怪である以上、人間との共存は幽世に棲む妖怪より考えなければならない問題である。今回のアキのやり方は最も愚策だったと言えるだろう。
「違うよ、リン」
暁は静かに言った。
「確かにリンの言う通り、やり方は間違っている。でもアキさん、ルールとかそういったものが全て吹っ飛ぶくらい、理性が保てなくなるくらい辛いことが起きたんだよ。そういう辛い思いや悲しい思いをしている人や妖を助けるのが俺たち人妖警察官の仕事なんじゃないのか?」
いつもは口達者なリンが珍しく口を噤んだ。暁の言うことも間違いではないからだ。
もともと棲み分け法は人間と妖怪が現世という同じ場所で住むことによる軋轢を解消するために決めた規範である。条項が少ないのは色々と解釈の幅を広めるためでもあるが、何より法律でがんじがらめにするために作られたものではなく、あくまでもその理念・目的はお互いの共存であり、できるだけ不和をなくそうという決まりごとでしかないからである。
要するに、権利を犯された者の救済を主眼としている法律なのだ。
リンは近隣住民の犯された権利を主張したが、暁はアキの犯された権利を主張した。それはどちらも決して間違いではない。
(さて、どうするかな)
上司の知世やヤツデはどちらかと言えば事勿れ主義だ。暁の主張もケツの青いガキの戯言として相手にしてはくれないだろう。
(他の班長に確認をするか。いやそれも嫌な顔をされて終わるだろうな)
そもそも今回のこの出動において主班は龍たちの班であり、龍は現場の総指揮のようなものを兼任している。その自分がこの件について他班の班長に意見を聞いても煙たがられるだけだろう。
誰だって緊急の任務は早く終わらせたい。残業という名の延長戦は誰も望んでいないのだ。
「双方の意見は分かった。少しだけ時間をくれないか?」
そう言って龍は少し離れたところで無線をかけ始めた。
『龍、どうした?』
「そっちは捕縛所についたか?」
相手はバディのミツだ。
『ああ、今ちょうど下ろしたところだ』
「そうか」
『何かあったのか?』
流石にミツは鋭い。龍が意外にも優柔不断であることを良く知る理解者でもある。
龍は事の経緯を話した。
『ふむ、なるほどな。それで、天塩龍はどうしたいのだ?』
「え?」
『立場を考えなかった時、天塩龍はどうしたいと思ったのだ?』
そう問われて、龍は自分の中で答えが既に決まっていたことを自覚した。
「俺は指輪を見つけられるならそうしてあげたいと思ったよ」
『なら、それに従おう』
ミツは楽しそうに言った。
「でも」
『他班には他の雪女たちを連れて先に引き上げてもらえば良い。アキを残すことについては我らの班6名が責任を持って護送をするとでも言えば追及はされまい。そしてその護送途中に少し寄り道をするだけだ』
「ミツ、ありがとう」
『案ずるな。万が一アキを取り逃がしたら腹を括ろう。我らは一蓮托生なのだ』
道に反する悪い行いをするわけでもないとミツは笑い飛ばした。
そのミツの後押しにいつも龍は勇気づけられる。
「一旦、他の班員に方針を説明する。全員の同意を得られたら進めようと思うからまた連絡する」
『分かった。我とシロはここで待機していよう』
無線を終えて、龍は暁とリンに指輪を探す旨を伝えた。リンから反対があるかと思ったが「あんたがそう決めたなら従うさ」とだけ言われた。
綾女とシロにも無線で連絡をした。
『いいよ。こっちはもう後方支援部隊が来て支援術者としての任務は終わっているし、天塩君の判断に従うよ』
『妾は早く帰って寝たいから反対!』
シロは案の定の反応だったが、綾女が「今回は大変だったから、最後まできちんと任務を全うしたら高級マタタビ買ってあげようと思ったのになぁ」という鶴の一声で満場一致となった。
龍は一応班員全員からの同意も得られたので、ミツに言われた通り、他班には引き上げの命を下して自班には捕縛所へ集合するよう命じた。
(少し前までだったらこんなことできなかったのにな)
人数が少なく班として成り立っていなかった時、龍たちは基本的には他班の応援として任務を行なうばかりで、このような決定権はなかった。中には対応が冷たいなと感じた命令もあったのだ。
今は自分とミツの責任の範囲内でその融通がある程度利くことに喜びを感じていた。
(俺たちはもう他の班の命令を聞くだけではないのだ)
龍は改めて責任の重さと与えられた裁量に身を引き締めるのだった。
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