第1話 タヌキとの出会い

『起きてくださいよぉ!優弦さま~!!遅刻しちゃいますよぉ!!』


「・・・うるさいよ。タヌキ・・・」


 今朝も布団の中で睡魔と、そして俺にしか見えない可愛い(?)タヌキとバトルを繰り広げているのが俺、優弦。中高一貫の高校1年生で、小顔で足も長いし自分で言うのも何だけど。なかなかの優良物件だと思う。


 元々睡眠は6時間も取れば大丈夫な方だし、布団から一度出てしまえば、スイッチが切り替わる。


「おはよー。ごはんにする?パンにする?

 お味噌汁もあるよ」


 キッチンから3個の弁当を手際よく仕上げながら朝食の準備をしている母親が顔を出している。

 テレビで偉い医者が朝は味噌汁を飲んだ方が良いと言っていたらしく、パンだろうがご飯だろうが毎日味噌汁が用意されている。今日の気分はご飯と味噌汁だ。


「支度しておくから、悪いけど茉優を起こしてきてくれる?」


 我が家の姫様=妹の茉優(まひろ)だ


「茉優~、まーひーろー!!朝だぞ!!」

「・・・(モゾモゾ)」


「起きろ!・・・(バサッ!)遅刻するぞ!」


「(はっ!!!)・・・」


 布団をはがされたことでビックリして目を見開いているのが我が妹の茉優、俺とは違う地元の中学に通う2年生、小さい頃からパテシエにあこがれている。そして、なかなかの不思議ちゃんである。


「ご飯できてるってよ!」


「・・・ん。」


 俺と違って小さい頃から寝起きが悪い妹はリビングに行くまでの間も夢と現実の世界をまだフワフワ行き来している様だった。


「じゃ、学校行ってくるね。あ、今日は塾に寄ってから帰ってくるから、途中で買い食いするかも!」

 いつも朝はこんな感じ。学校が遠いから小学校の時よりも1時間半位早く家を出ている。もちろんこのタヌキも一緒だ。




 俺が小学6年生の時だ。母親が友達と一緒に鎌倉に出掛け、お土産でお守りを買ってきてくれた。

 当時中高一貫の中学に入るために猛勉強中だった俺は、他人を出し抜くと負けて悔しいとかいう気持ちが全くなく両親から『そんなで受験が勝ち抜けるのか!』と、しばしば心配されていた。

 そんな折に母親が買ってきてくれたお守りが、かわいいタヌキの形をした“タヌキ(他抜き)守り”だった。

 俺にその気が無いなら神頼みというのが、なんとも母親らしいと言うのか、そんな所が俺の母っぽいと思う。

(どちらかというと、父は現実主義な人だ)

 タヌキお守りのお陰(?)で、俺は狭き門を突破し、今自宅から1時間半も掛かる学校へ自転車と電車を駆使して登校中だ。


 合格発表の日から毎晩夢にタヌキが出てきた。最初、それはそれは疲れている様子で、つんつんしてもピクッとするくらいだったのだが、夢の中で撫でたり看病したりしているうちに一緒に駆け回るくらいになり、今まで声を発することも無かったタヌキが『ありがとうございます。お礼をしたいのですが、その前に改めてご挨拶に伺います。また、のちほど』と話した事にびっくりして目が覚め、俺を覗き込んでいたのが何ともめでたい名前のこのタヌキ“祝寿吉(しゅじゅきち)”である。


 祝寿吉曰く、『受験の時、優弦さまが他を抜きんでる力をお貸ししようと意気込んでいたが、当日になって具合が・・・ブツブツ・・・』という事だった。


 あぁそういう事ね。ぽつりと言うと、祝寿吉は違う様に捉えたらしくオロオロしながら、『スミマセン!ごめんなさい!もうしません』と誤り、部屋の隅で小さくなっていた。


「ごめんごめん、祝寿吉があまりにも可愛くってさ。違うんだ、神頼みじゃなくて実力で合格できたのが嬉しくて。でもちょっと意地悪した、こっちこそゴメン。」


『優弦さまが頑張ってらしたのもちゃんと見ていましたし、今までの努力が実を結んだんですね。というか、怒ってらっしゃらなくて良かったです。ドキドキしました。』


 祝寿吉はその明月院の近くにいたタヌキで、ある人を探しているという事だった。

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