愛でられるだけの花
酔
秘密にしたい
これはあんまり大きな声で言えないのだが、姉は我が家の貧乏神である。だいたいのトラブルは、この五つ上の姉が引っ張ってくる。主に恋愛とお金がらみで。
つい今しがたも、姉につき纏っていたストーカーが捕まった。姉がニコニコと笑ってうなずきながら話を聞いてくれるものだから、男は自分に好意があるのだと勘違いしたらしい。姉を守っているつもりで、ずっと彼女のあとをつけていた。どうやら直近では家にも侵入していたようだと警察から聞かされたときにはさすがにぞっとした。荒らされた形跡がなかったから気が付かなかった。家の防犯を強化しなければ。
「ごめんねえ」
警察の事情聴取の帰りの夜道、姉は泣きじゃくりながら私に詫びた。そして、子供のころのように私の右腕に絡みついてこようとする。私はその腕を力任せに振り払い、姉に問うた。
「ねえ、それは何に対する謝罪?」
姉がきょとんとした表情で、大きな丸い目でこちらを見返してくる。何を言われたのかわからないと顔に書いてあった。私は続ける。
「今年に入って捕まったストーカーが三人になったこと? 警察の質問に泣いてばかりで、私がほとんど答えたこと? 姉さんがトラブルを起こすたびに心配して、質問攻めにしてくる海外の父さんと母さんに、私が夜中でも逐一対応してること? ああ、それとも謝りたいのは今回のことじゃなくて、今月の頭に無銭飲食しそうになって慌てて私を呼び出したことだったりする?」
立て続けに詰問すると、姉はまたぶわっと泣き始めて「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼した。
「謝るんじゃなくて、自分で行動して対応してよ。姉さんはもう二十歳でしょ。私だって受験勉強と部活があるんだから、姉さんのトラブル処理ばかりに時間を取られたくないの。私は姉さんのお世話係じゃないんだよ」
姉は声を上げて激しく泣いた。道行く人がなんだなんだと振り返る。そして無表情の私の方を責めるように見た。そんな一方的な断罪の視線には慣れている。今さら傷つくこともないのですべて無視した。
帰る道すがら赤信号で足を止める。ふと隣を見ると、閉店したカフェが目に入った。夜のガラスに自分と姉が反射している。
ニキビだらけでデブで、垢ぬけないショートカットで目つきの悪い私。一方、その隣でさめざめと泣く、綺麗な肌に化粧をした小さくてかわいらしい人形のような姉。
こうやって改めて見ると、どうみても私の方が悪役然としている。思わず口の端で笑ってしまった。まるで私が姉を泣かせたようだ。でも私に言わせれば、姉の涙はすべて彼女に起因している。姉は被害者面をして泣いていれば周りの誰かがなんとかしてくれると考えていて、トラブルを未然に防ぐことも起こってしまったことに対して後処理することもしないし、できない。
私は溜め息を吐いて姉を見た。彼女は一通り泣いて疲れたのか、すんすんと鼻を鳴らしながら俯いていた。勉強も家事もお金の管理もなにひとつできない、ただ可愛がられるために生まれた姉。誰かが手厚く世話をしてやらないとすぐに死んでしまう。でもその誰かに私があり続けるつもりは毛頭ない。
赤信号が青に変わった。姉を置いて私は歩いていく。
早く大学生になりたい。一人暮らしをして勉強と美容に力を入れたい。そして卒業したらいい仕事に就いて、稼いだお金で姉のことなんか気にせず自分の好きなことをしたい。もちろんそのときは、姉には連絡先も住所も秘密にするんだ。
私の人生を姉のものではなく、自分のものにするその瞬間を、私は今か今かと待ちわびている。
愛でられるだけの花 酔 @sakura_ise
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