迎えにきたよ

どこでもお構いなし

 学校には、カナエさんに車で送ってもらった。

 通学路の途中で下りて、サオリさんと一緒に校門を潜る。

 サオリさんは、常に脇差を持っているらしく、肌身離していない。


「あの、それって。脇差で合ってますか?」


 生徒玄関に入る前、ボクは聞いた。


「うん」


 普通に答えられたので、拍子抜けしてしまう。


「これ。儀刀ぎとうだから。信仰上の儀式で使う物って、説明してる。登録証は、教育委員会に提出済み」

「教育委員会?」


 警察署じゃないのか。


「刀の場合は、教育委員会だよ。おかしな話だよね」

「へえ……」


 ボクの知らない世界だった。

 猟銃の場合は、警察署に出すものだって、何かの動画で見かけた事があるから、それと同じだと思っていた。


「サオリっ。おはよ」

「……おはよう」


 同じクラスの生徒だろうか。

 二年の女子がサオリさんの肩を叩き、手を振った。

 ボクとは違って、サオリさんはクラスの生徒と打ち解け合っているようだ。


 ずっと仏頂面なのに、周りの生徒は笑顔で話しかけている。

 一方で、サオリさんは「へえ……」とか、物静かなリアクションだ。


「それじゃあ、放課後」

「……気を付けてね。わたし、二年B組だから。何かあったら、すぐに来て」

「はい」

「それと、……お守り持ってる?」


 ボクはズボンの裾を持ち上げ、足首を見せた。

 足首には、ミサンガのように小さなしめ縄が巻かれている。


「ん。じゃあ、気を付けて」


 サオリさんに背中を向け、自分の靴棚に向かう。

 あれだけ奇妙な事があったのに、ボクの気持ちは落ち着いていた。

 学校に来ると、皆の声や気配がそこら中に溢れていて、「誰かがいる」という事実に安堵する。


 緊張していたのが、バカらしいくらいだった。

 内靴に履き替えると、ボクは階段を上がって三階を目指した。

 ボクの通う学校は、上から一年、二年、三年の順番で教室がある。


 階段を上がっていくと、踊り場から差し込んだ日の光に背中を炙られた。


 白い光が眩しくて、目を細める。

 夏だから晴れの日が多いけれど。

 青い空を見ていると、さらに心が落ち着いた。


 踊り場の窓を少しだけ眺め、視線を外す。

 その矢先のことだった。


 ドン。


 どこからか、変な音が聞こえた。

 音のした方に振り向くと、そこには踊り場の壁。

 ふと、窓の方を見上げ、数段上がってから、もう一度窓の方を見た。


 ドン。


 窓から差し込んだ光が、一瞬だけ何かで遮られた。


 ドン。


「……え?」


 音が止んだ。

 ボクは血の気が引いて、すぐに階段を下りる。

 手すりから首を伸ばし、生徒玄関の方を見た。


「嘘……」


 人が、いなくなっていた。

 さっきまで談笑する生徒で溢れ返っていたのに、誰もいない。


 来た道を戻り、靴棚の前に立つ。

 左右を見渡すと、信じられない事が起きていた。


 夕日だ。

 窓から差し込んでいる光は、赤みを差していた。

 夕暮れのように真っ赤な日差しが、廊下を等間隔に照らしているのだ。


「さ、サオリさん! ――うぐっ」


 足首に熱を感じて、慌てて裾を捲る。

 ボクの片足に巻き付いたしめ縄は、青緑色から真っ黒に変色していた。

 白い煙まで上がっており、咄嗟に取ろうとする。が、その手をギリギリの所で止めた。


 学校に来る前、言われたことがある。


『ココアの話だと、魔女って奴みたいね。でもね。予め言っておくと、日本にのよ』

『どういうことですか?』

『魔女って言葉は、昔に外国と交流が始まってから作られた言葉。ココアに聞いたけど、魔女っていうのは、その実』


 サオリさんは気だるそうに天井を見て、ため息交じりに言った。


なのよ』


 世の中、ホラー映画などが多くあり、その予告が流れる度に聞いたことのある名前だった。

 呪術師。

 人を呪う事を生業とする、の事である。


『それで、考えたの。あいつ、わたしの家に入れなかったでしょう。しめ縄に飾ってある白い紙。あれは、邪気を払うのよ。邪な者が近づくと、風に吹かれたみたいに揺れて、浄化が始まる。てことは、家の前に現れた姿は、邪気の塊。腕が吹き飛んだのは何よりの証拠』


 その時に、しめ縄を渡された。


『相手がハルト君を取ろうとするなら。確実に狙うのは、足。立ち上がるために。歩くために必要な足を取る。利き足に付けて』


 言われた通りに、ボクは左足に付けた。


『変なものに囲まれると、熱くなると思う。でも、取らないで。心配しなくても火傷を負ったりはしないわ。むしろ、熱さを感じなくなったら、それこそ危険』


 念を入れ、サオリさんは言った。


『逃げなさい』


 サオリさんの言葉を思い出し、ボクはすぐに生徒玄関に走り出した。

 端から端からまで開放された生徒玄関は、ボクが通る直前、ガタガタと揺れ出す。


 バタン。


「うわああ!」


 独りでにドアが閉まり、ボクは慌ててドアを体で押した。

 ほとんど体当たりに近い。

 全身を使ってドアをこじ開けようとするが、石にでもなったかのように、ビクともしなかった。


「……嘘。こんなことって……」


 視界で何かが動き、ボクは恐る恐るガラス戸の向こうに目を向ける。


「ハ~ル君」


 赤いドレスを着た御堂さんが、手を振っていた。

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