魔女がウズウズしている

烏目 ヒツキ

病んだ魔女

ヤンデレ魔女と祓除師

 至る所が赤く濡れた電車の中。

 走行の振動で座席に横たわった死体が、上下に跳ねている。


「……捕まえた……。あはっ」


 どこか品性の感じる女性の声だ。

 声の主は電車の床に座るボクを後ろから抱きしめ、首筋には冷たい唇を押し当ててくる。


「これからは、二人で過ごすの。何年。何十年。何百年の月日が経っても、ずっと一緒。そのために、わざわざ霊薬を作ってあげたのよ」

「う、あ……」


 体が動かなかった。

 女の両腕は万力のようにボクのお腹に巻き付き、何かを確かめるように柔らかい唇は皮膚に擦り付けてくる。


 まるで、母が愛しい我が子を抱きしめているかのように。

 同時に、恋人を全身で愛するように。


 人の形をした、女の魔物はボクをいつくしんでいた。


「ハル君」


 美しい怪物が首を伸ばして、ボクの顔を覗き込んできた。

 水晶玉のように、綺麗な青い瞳をしていた。


 誰が想像できるだろう。

 息を呑むような美貌の女が、一車両に乗っていた大勢の乗客を皆殺しにするなど。


 彫りの深い顔立ち。

 薄い桃色の唇。

 身長は高くも低くもない。

 明るい茶色の長い髪は、質が柔らかくて、羽のようである。


 何も感じていない瞳は、ボクを見据えていた。


「……二人だけのお家を作ったの。これからは、毎晩キミを抱くわ」


 優しかった目の形が、途端に鋭さを増した。

 視線はボクの前に向けられる。


「その前に、……泥棒猫を殺しましょう」


 ボクの前には、もう一人女が立っていた。

 どこか気怠そうな雰囲気をした、一つ年上のお姉さんだ。

 お姉さんの周りには、赤黒い肉の塊が落ちていた。


 片手には、一本の刀が鞘に納められたまま握られている。

 形は日本刀だけど、普通の刀より短い。

 たぶん、脇差というやつだ。


 お姉さんは石にでもなったみたいに、微動だにしない。

 ただ、冷たい目をボクに纏わりつく女に向けていた。


「……えっちな人ね」

「あ、あの……」

「動かないでね。首の位置、ズレると。飛ぶから」


 そして、お姉さんは電車に揺れながら、一歩を踏み出したのだった。

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