秘密と嘘と

holin

秘密と嘘と



「この嘘つき!」


 ――パンッ、と僕のほっぺが叩かれる。


 人に叩かれたことなんて無かった僕は、何の反応も出来なかった。


 僕を叩いた里奈ちゃんが立ち去る時、涙を浮かべていたのは気のせいじゃないんだろう。


「……でも仕方ないよね、浩二くん」


 僕はこの場にいない浩二くんに、そう語りかけた。





 約1年前――小学5年生の時。僕達の学校に転校生がやってきた。


「初めまして、山本浩二です。東京から引っ越して来ました。今日からよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる浩二くんは、どこか大人びて見えた。そして、たまたま僕の隣の席が空いていて、浩二くんはそこに座ることになった。


「ねぇねぇ、東京の学校ってどんな所なの?」

「やっぱり東京の子はみんなオシャレなの?」

「芸能人に会ったことある?」


 休み時間、浩二くんは質問攻めを受けていた。ここはちょっと田舎だから、都会から来た子に興味津々だったんだと思う。でも浩二くんは笑顔を浮かべたまま、それらの質問に答えていった。


「凄いね、浩二くん」

「そうかな? えっと……」

「石川誠だよ。今日からよろしくね」

「うん、よろしく誠」


 その日の放課後。里奈ちゃんが僕の席にやってきた。


「帰ろ、誠」

「うん、帰ろっか。あ、浩二くんも一緒に帰ろ」

「いいの? 誠」

「もちろん!」


 それから3人で行動することが多くなった。一緒に宿題をして、お菓子を食べながらゲームをして。お母さんも、浩二くんと仲良くするように、って言っていて、僕はもちろんって答えた。


 そんなある日、僕のお母さんと、浩二くんのお母さんがお話しているのが聞こえてきた。


「……て、ありがとうございます」

「いえいえ。浩二くんの病気も……」


 病気? 浩二くんが? でも、そんな話聞いたことない!


「浩二くんが病気ってホント!?」


 僕はたまらず、その場でお母さんに聞いた。


「あっ……誠。どこまで話を聞いていたの?」

「えっと、浩二くんが病気ってところだけ!」

「そう。でも、盗み聞きはダメよ」

「ごめんなさい。で、病気ってホント?」


 僕がそう言うと、お母さんたちは顔を見合わせ、困ったような顔をした。


「黙っていてごめんなさい、誠くん。そう、浩二は病気なの。でも浩二とは、これまでと同じように接して欲しいの」

「どうしてですか?」

「それが浩二の願いだからよ。だから、誰にも浩二が病気ってことは言わないでね。浩二本人にも」

「……分かりました」


 それから僕は、その約束を守って、誰にも病気のことは言わなかった。そしてこれまでと同じように浩二くんと接してきた……つもりだった。


「お母さんから、病気のこと聞いたでしょ」


 ドキリとした。まさか浩二くんの口から、病気のことを聞くことになるなんて。


 僕は悩んだ。でも――嘘をつくのはダメとお母さんが言っていたので、僕は正直に答えた。


「うん、ごめんね」

「いいよ。でも、他の人には言ってないよね?」

「うん、里奈ちゃんにだって言ってないよ」


 僕がそう言うと、浩二くんはホッとしたように胸を撫で下ろした。


「誠、お願いだから、変に気を使わないでね。あと、絶対に誰にも、病気のことは言わないで」

「分かった」

「約束だよ?」


 浩二くんが差し出した小指に、僕の小指をからめる。


「うん、約束する」


 この日から、僕達はさらに仲良くなったように思う。



 また別の日、僕は里奈ちゃんから問い詰められていた。


「誠、私に内緒にしていることあるでしょ」

「何のこと?」

「だって、浩二と誠の2人だけが、何か知っているような雰囲気あるもん! ズルい! 私にも教えて!」


 またドキリとした。まさか里奈ちゃんがこんなに鋭いとは……。でもごめんね。約束だから。


「内緒にしてることなんてないよ。里奈ちゃんの勘違いだよ」

「本当に?」

「うん、本当」


 僕は嘘をついた。とても悪いことをしているような気がする。でも約束を守るためだから――。


 それから、里奈ちゃんは再び問い詰めてくることは無かった。ただ、気づいたことがあった。たぶん、里奈ちゃんは浩二くんのことが好きなんだと思う。よく見てみると、そんな振る舞いが多かった。



 それからさらに2ヶ月経った頃。浩二くんが学校を休んだ。


「浩二くん、どうしたんだろうね? 誠は何か知ってる?」

「……ううん、分かんない」

「だよね。風邪でもひいたのかなぁ」


 もしかしたら。もしかしたら……でも、それを里奈ちゃんに告げることは出来ない。だって約束したから。


「突然ですが、山本浩二くんがこの学校をやめることになりました」


 先生からそう告げられ、教室にいたみんなが驚いた。


「そんな!? ねぇ、誠は何か聞いてる?」

「ううん、学校をやめるなんて聞いたことない」


 僕達は放課後、浩二くんの家を訪ねたけど、そこには誰もいなかった。


 家に帰りお母さんに浩二くんについて聞くと、どうやら僕の想像は当たっていたらしい。でも、このことも内緒にしなさい、ということだった。



 翌朝、僕は里奈ちゃんに再び問い詰められた。


「知ってたんでしょ、浩二の病気のこと」


 ――バレた。


 僕はなんと言えばいいか分からなかった。


 浩二くんにバレた時よりも、里奈ちゃんに最初に問い詰められた時よりも、バクバクと心臓がうるさく鳴っていた。


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