三つの秘密
ただのネコ
第1話 至聖教の秘密
至聖教には秘密がある。
それは、聖女に関してだ。
至聖教の象徴である聖女は、教会で儀式を行う以外にも、様々な会合や施設を訪ねて挨拶をしなければならない。それは、人々の信仰心を目覚めさせて教会に足を向けさせるためでもあるし、至聖教が救うべき人々を探すためでもある。
だから、孤児院というのは重要な訪問先である。親の無い子供たちは至聖教の援助を必要としているし、子供たちが信仰に目覚めることは将来的な信徒の確保につながる。
とはいえ、ある一つの孤児院に月に二度三度と訪問する必要があるのか、と言われれば正当な理由を説明することは出来ない。
ましてや……
「うんとこしょー!」
聖女らしいとは言い難いかけ声と共に、キミリアは精一杯足をふんばり、背中をそらせる。
その甲斐あって、相手の抵抗は急速にゆるみ、キミリアはしりもちをついた。
それでも離さなかったのは一本のつる。その先には拳よりも大きな塊がいくつもついている。
芋だ。
「でっかいねー。さすが、腹ペコキミー!」
隣で土をかき分けていたメアリの褒め言葉に、キミリアは汗をぬぐいつつ笑う。
土まみれの手で拭ったせいで白い頬に黒い線が描かれたが、本人は気づいてもいない。
聖女のための純白の修道衣ではなく、ごく普通の野良着を着ている事もあり、教会の神官らが見ても聖女だとは気づかないだろう。
普通、聖女の孤児院訪問でここまですることはない。
聖芋の栽培状況の視察だとしても、純白の修道衣のまま畑を眺め、収穫された芋を受け取っておしまいだ。
だが、この聖アンナ孤児院は聖女キミリアの故郷。8歳にして誰にも教えられぬまま治癒の奇跡を使い聖女に認定されるまで、ごく普通の孤児の腹ペコキミーとして過ごした場所だ。
そのため、聖女が月に数度も聖アンナ孤児院に訪問していても、そこで何か成果と言えるような事をしていなくても、教会上層部から文句が出ることはない。
むしろ他の仕事で忙しくて訪問回数が少なくなると、最高司祭から心配の言葉が出るぐらいだ。
そうした気遣いがあることは、秘密である。一般信徒にも、そして聖女本人にも。
だから、それを知らない聖女キミリアはすっかり腹ペコキミーの気分で芋の泥を拭う。
どうやって食べようか。
ふかしてバター?
チーズ入りの平焼き?
揚げ芋は必須、キノコと炒めるのもいいし……、そうそう、スープも欠かせない。
(クーシンさんにも、食べてもらいたいなぁ)
そんなことを考えて頬を緩ませていると、メアリにわき腹をつつかれる。
「そういえばさ、あれってホントなの?」
「あれって何?」
「王太子様の夜会で、魔女と踊ったって」
確かに踊った。
十日ほど前に王太子主催の子供夜会で、キミリアは『魔女』とあだ名されるクーシン・マー男爵令嬢とダンスをしたのだ。王太子様とではなく。
「メアリは、腹ペコキミーが王太子様と踊れると思います?」
「王太子様の足が心配!」
「その時、腹ペコキミーは?」
「しばり首!」
即答し、きゃははと笑うメアリ。キミリアもその通りと深くうなずく。
しかし、納得したにもかかわらずメアリの追及は終わらない。
「王太子様と踊れないってのは分かるけど、なんでお相手が魔女だったのかなぁって」
「お友達だから。おんなじ"神に愛されし者"だもん」
「それだけ?」
「何が言いたいんです?」
キミリアの問いに、メアリは何故だか随分目を輝かせながら説明を始める。
「んーっと、『花園便り』があるじゃん」
あるのである。王都の孤児院複数で、こっそり出回っている新聞のことだ。
誰が書いて、誰が書き写して、誰が配っているのかは知らないが、孤児院の子供たちにとって貴重な娯楽である。
キミリアも、孤児院にいたころは回ってくるのを楽しみにしていたものだ。
「あれの最新号に、キミーが魔女と踊った話が載ってて、それがもーすんごく胸キュンな感じだったから」
「はぁ……」
『胸キュン』と言われてもなぁ、と腹ペコキミーは夜会のことを思い出す。
本人的には、どちらかというと王太子から逃れるために『心臓バクバク』な感じだったのだが。
いや確かに、クーシンとのダンスは楽しかったけれど。
「読んでないなら、後であげるねっ」
あんまり興味はなかったので、メアリにそう言われた後は、再び芋ほりに没頭した。
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