アイ メイド・・・
秋梨夜風
第一話 きっかけ
「はぁ……やっと書けた。5000字かぁ」
アイカはパソコンから手を離し、眉間をぐりぐりと指でマッサージした。
大学の授業を終え、バイトから帰って執筆作業に専念する事はや4時間。時刻は午後11時を回っている。
「お風呂入んなきゃ……」
湯船に浸かりながら、さっき書いた小説の推敲を進める。数箇所誤字を直して……うん、なかなか良い出来だ。
早速投稿しようとして、ハッと思い直す。昼に友達のハルカから言われた言葉を思い出した。
「ネット小説のPVは、投稿頻度と投稿時刻がめっちゃ大事なんだよ。書き上げたからってUPしちゃダメ。深夜だと伸びないから次の朝とかにあげた方が良いよ」
……そうだった、危ない危ない。落ち着いて保存ボタンを押す。明日の授業前に投稿しようと決めた。
アイカは子供の頃から本が大好きだった。絵本は勿論、小説から漫画までジャンル問わず大好きで、中学まで文字通り"本の虫"だった。
高校生になって文学部に入ってからは、自分で書く事にも挑戦した。挿絵も好きで、好みの絵を模写して独学で絵も練習していた。
文学部の出す雑誌に初めて出した小説は部活内での評価も高く、アイカは自分の創作に自信を持つようになった。
大学の入学祝いで親にパソコンを買ってもらってからは作業がデジタル化し、絵もイラスト調に変化していった。
サークルは文芸サークル……と言っても文字だけで無くイラストも漫画もなんでもござれといった文化系の総合サークルで、集まって創作談義をしたり、月1で作品を見せ合うのが主な活動だ。
大学三年の頃、サークルで知り合ったハルカに勧められてネットに作品を投稿し出してもう一年が経つ。最初の頃は今まで書いていた作品を小出しに投稿して、小説も絵もそれなりに評価を貰っていたが半年で出し尽くしてしまい、今は新しい小説を連載している。
近頃アイカが悩んでいたのは自分の制作スピードの遅さだった。ネットに作品を発表した頃はサークル内で首位を争えるくらい人気だった自分のアカウントも、連載に入って投稿頻度が落ちてから泣かず飛ばずになっていた。
「だからさ、結局ネットは投稿ペースが命なんだって」
「えー、でも雑な文章はあげたくないし……」
「まぁそれは分かるけどさ、イラストと違って小説はバズり難いんだよ。ランキングはPV数で上位争いしてる。ほら、見てみ?」
PVの伸び悩みをハルカに愚痴ると、ランキング上位の作品を見せられた。例外無く更新頻度が高く、ほぼ毎日のように投稿されている。
「これなんか、文章全然上手くないけどランク入ってるでしょ?どんどん供給されれば、読者が作品に触れる機会が増える。そしたら話が進んで読者の中で勝手に面白くなってくるのよ」
「うーん、ううぅーん……でもこれなんて2000字いってないけど1話分で投稿してる。話進んでないよ?」
「それくらい更新頻度が大事って事なんだよ、読者の生活の一部になれれば勝ちなの」
分かっていても、どうしてもアイカは更新頻度を上げられなかった。自分の納得の行く形まで整えたくなるのだ。半年掛けて現在25話。明日投稿する分で第一章が終わる。
纏めて書き上げてから、分けて投稿すれば良いと気付いたものの、今の作品の残りを書き上げるには4ヶ月は掛かりそうだ。今あげたところまで読んで、待ってくれて居る読者をそんなに放置する事は出来ず、週に一度でも細々と更新して行くしかなかった。
「第二章から、ちょっと書き方変えてみるかな」
そんな事を考えながら眠りについた。
次の日、授業前に小説を投稿しようとしたアイカは愕然とした……無い。昨日書き上げた原稿が綺麗さっぱり消えていたのだ。投稿を辞めて保存ボタンを押す時に、間違えて更新フォームのボタンを押してしまっていたらしい。
「サイッアク……」
先週の投稿から、今日できっかり一週間だ。思い出して書き直そうとしたが、どうにも文字数や展開がもの足りない。ダメだ、また一から書き直さないと……
イライラしても仕方ないが、授業を真面目に受ける気にはなれなかったのでケータイでネットサーフィンをして過ごす。タイムラインで就活の愚痴を見て鬱憤を晴らすことにしたのだ。
アイカは卒業後しばらくバイトで食い繋いで作家になる事を目指していた。自分に関係の無い就活の愚痴を読むのは気楽で笑えた。
“書籍化決まりました!”
「うげぇ」
タイミング悪く、サークルメンバーのツイートが流れて来る。取り敢えずいいねを送って、URLから作品を試し読みする……やはり気に入らない。なんでこんな文章が面白がられて書籍化されるのか、アイカには理解出来なかった。
「アイデアはあるのになぁ……」
そうなのだ。私にはこの作品よりももっと良いアイデアがある。世界観も、表現力だって負けてないはずなのに。
更新頻度……それだけだ。出力のスピードさえあれば、私だって……
そんな気持ちでネットサーフィンを続けると、とある記事が目に止まった。
“AIは善か悪か?AI生成による芸術表現の是非を問う”
――家に帰ってから、アイカはAI生成について調べていた。少し前にAIにキーワードを打ち込んで絵を出力させるのが流行っていたが、今はどうやらもっと凄いらしい。
「AIが文章を学ぶ?」
アイカが見つけたのはAIに文章を読ませて、似た文体の文章を生成させるというものだった。
「……試してみるか」
興味本位で、今までの自分の作品を全てコピペして読み込ませる。最後に、昨日消してしまった部分のあらすじを入力する。
“ハイクとカロンがお互いの窮地を脱し、再会して誤解が解ける。二人を仲違いさせようとしたソフィアが敵の身内だと気付いた二人は、協力して次の街へ向かう。以上の内容を5000字程度で”
「まぁ、これで上手くいったら本当に馬鹿らしい……」
数秒後、生成された文章を読んでアイカは絶句した。面白い。私が昨日書いた文章と同じ……いや、それ以上に洗練された表現でストーリーが描き出されていた。所々、昨日読んだ文章と全く同じ部分がある。間違いない。このAIは私の積み重ねてきた表現を、文体を、学んでいる。
怖くなって急いでパソコンを閉じ、その日はそのまま布団に潜って眠った――
次の日、早く目が覚めたのでシャワーを浴びて、アイカはパソコンを開いた。
パソコンに表示されたのは、昨夜と同じ文章。昨日は慌てていたから、ちゃんと読めなかった。何処かに変な所があるはず……そう考え、改めてじっくり読み返す。
「これ……私の文章じゃん」
何故か、涙が頬を伝う。あんなに悩んで、数時間掛けて書いた文章が、こんな簡単に?私の苦労って、私の文章って、一体なに?
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