第22話
一章
マリちゃんとただいま
その⑤
味付けは普通だが食材の鮮度がバツグンなので最近は腹ペコ女子もドライバーのオッサン達に混ざって爆盛御飯を掻っ込む光景も日常化している。
「ゴールデンウイークなのにやっぱりトラック走ってますね〜。ご苦労さまです〜。」
「今は物流が止まる事なんて無いからな。特に食品なんて正月も走ってるからなぁ。俺達の胃袋を支えてくれてる有り難い存在だから感謝しないとな。」
フライドチキンの絵が描かれたソラミーマートのトラックをニヘ〜ッとしながら見送りマリがヨダレを垂らす。
「美人さんが台無しだぞ。あとでソラチキ買ってやるから。」
「わ〜い!ソラチキソラチキ〜❤今日もハレバレハートにズッキュンチキン日和〜!」
今は弐狼ボディだからノーダメージだがマリもかなりの食いしん坊なのだ。むしろ弐狼の顔でキリッとされると反応に困る。
前方を走るソラミートラックに続き左にウインカーを出してロードサイドのソラミーマートへ入る。車高が下がっているので慎重に斜めに段差をクリアする。
スイッチバックでトラックの横に車を停めると待ってましたと車を降りたマリが弐狼からシュポンと抜け出しう〜ん、と伸びて、呆気に取られた荷降ろし中のドライバーの番重の中身を楽しげに覗く。
マリと弐狼にお金を渡してフライドチキンとドリンクをお願いして表のベンチに腰掛け空を仰ぐ。
良い天気だなあ。星羅さんのせいでちょっと疲れたけどたまには日光も浴びないと夜行性のモンスターになりそうだ。うん、平和が一番だ。
気分が良くなった俺はいっちにー、さんしーとマリ体操を真似てう〜ん、とのけぞったその時「パパーーー!!!」とけたたましい改造されたクラクションの音がして、目の前市場通りを大音量のカーステレオを垂れ流し車高をベタベタに落としたフルスモークのミニバンがスラロームしながら突っ走って行った。
バックドアのガラスにはでっかく〝族〟と描かれて更に日章旗のステッカーが貼られ、何かを必死にアピールしている。ヤンキーが多いこの街でも滅多に見られなくなった珍種の登場に思わずそのまま後ろにズッコケてしまった。
世の中には熱狂的なアニメファンの人達がついうっかり自分の愛車に推しのキャラをプリントしてしまった〝痛車〟なる物が存在するが、あんな族車は初めて見る。あの
程なくしてキキーッ!ガシャーン!!と派手なクラッシュ音が平穏を掻き乱す。
やっぱりか、とよっこいせと腰を上げると丁度弐狼とマリがコンビニから出て来て
「なんかすげー音したな!どこのドイツの車だ?」
弐狼がボケるので
「壁にメリ
と、粋に返してみた。
「二人共フレンチ、じゃなくて不謹慎です!事故だったら助けなきゃ!急ぎましょう!」
歩道から進行方向を覗くと蛇行したタイヤの跡の先に〝族〟アルファードが亀の様にひっくり返って派手なラップミュージックをドンツクドンツク鳴らしていた。いや、エンジン切れよ。
ガソリンは漏れて無い様だが発火して爆発したら怖いので近づくのを躊躇っていると、ひっくり返った車の窓からワラワラとコテコテのヤンキーが湧いて来た。
惨状を前に涙目で頭を抱えるオーナーに〝エンジンを切れ〟とジェスチャーを送る。ラッパーが見たら泣き出すかネタにされるかかなりのインパクトだ。
キキーッとダンプが左に寄せて停車し、窓から顔を出したのは立派な髭を蓄えたかなり高齢のジイさんだった。
「オイ、若造共。蛇行運転は御法度じゃぞ!お前等の専用道路じゃ無いぞ。一般ドライバーに迷惑を掛けるでない!」
「うるせークソジジイ!思いっきり突っ込んで来やがって!ゼッテーわざとだろ!俺の大事なアルちゃんがご覧の有り様だ!このオトシマエどー付けてくれんだオラァーーー!!!」
大事なアルちゃん…?このイカレたカスタムはヤンキーの親御さんが子供まで金髪にしちゃった的な仕様なのか?マリがオロオロと
「アルちゃんが道路の真ん中でひっくり返ってダダこねてますよ?誰か宥めてあげないと…そうだ!ソラチキあげたら起きてくれますかね?」
「落ち着け。不用意に近づくなよ?ひー、ふー、みー
フム、6人か。全員脱出してるみたいだな。こんなハの字シャコタンに6人乗りでスラロームか。ほぼ自殺じゃねーか、無茶しやがって…」
「取り敢えず警察呼んだ方が良くね?あ、でもあの怖いお姉さんは勘弁な?俺は居ないって言ってくれよ!」
警察と言って急にキョドり始めた親友に何か後ろめたい気持ちがあるのかと、問い詰めたくなる。洗いざらい吐かせて早く出頭させないと。
「テメー!ポリなんか呼ぶんじゃねぇ!殺すゾコラァ!」
「別にポリなんか怖くねーけどこんなの俺らで余裕だし!」
「取り敢えずこのジジイシメとかねーと!降りて来いやーボコボコにしてやんよ!」
ヤンキー共が口々にジイさんを罵りダンプを囲む。
「ああっ!おじいちゃんが大ピンチです!逃げてぇ〜!」
マリが絶叫する中、ジイさんはニコニコしながら
「な〜に心配には及ばんよ。全く躾が成っとらんクソガキ共じゃ。ちょっと荒っぽくなるが街道仁義っちゅうもんを教育してやるわ。その辺でくつろいでおるがよい。」
「ジイさんがああ言ってんだ、お手並み拝見と行こーぜ?マリちゃんソラチキくれよ冷めちゃうだろ?」
「あっ、そ~でした。ハイッ!新発売のカレー味ど〜ぞ!太助さんはスパイシーでしたね。わたしはなんと!カリカリベーコンチーズ味で〜す!」
マリが袋からフライドチキンを取り出して俺達に配り自分のソラチキを高々と掲げる。
流石ソラミーマート、攻めてるなあ。変わった味なら任せとけって感じで毎月限定品が発売される。ちゃんと美味いから良いんだが。
「フフッ、気になりますよね?一口ど〜ぞ!」
良いのか?気になるし、じゃあ一口。
カリカリベーコンが入ってるんじゃ無くて味がする系か。どうやって味つけしてんだろう?
お返しにマリにスパイシーを差し出すとキラーンと目を輝かせてパクッと食い付いた。コイツがたいやき君だったら爆釣で見知らぬおじさんが浜辺で胸焼け起こしそうだ。
ん?でもコレって間接…
チラリとマリを見やると俺が食べた所にかぶり付いて「ん〜!美味しい〜!」とカリカリベーコンチーズ味を堪能していた。まあ、本人が気にして無いなら良いけど。ちょっと照れくささを抑えて俺もマリが囓った所をパクッと食べてみる。可愛い女の子と間接…うん、美味いな!
「あ〜っ!!テメー太助ぇ〜!!何してんだよ!
マリちゃん俺も!俺も!」
いい年してバタバタする暴れ狼をマリが怪訝そうに見つめて一口分千切ってポイッと投げると、素晴らしいダッシュで弐狼がパクッとキャッチしてモグモグ咀嚼しながら勝ち誇った様にドヤ顔で俺を見る。
「分かったよ。オマエの勝ちだな。凄い奴だよ全く」
腰に手を当て何故かふんぞり返る弐狼。コイツは一体何と戦っているんだろう。バトルといえば向こうではジイさんが老人とは思えない身軽さでヒョイッと運転席から飛び降りて
「ワシはただ真ん中を優雅に走っておっただけじゃがのう?勝手にパニクってひっくり返って逆恨みしていたいけな老人を大勢で囲むとは…ジジイ、涙がでちゃう❤」
「いい年してブリッコすんな!キメーんだよ!」
「俺達ゃ地元だからここは俺等の道も同然なんだよ!大人しく遠慮して端っこ走ってろバーカ!!」
「俺のアルちゃんが泣いてるだろ!元に戻せよジジイ!!」
「お前等みたいなのはやはり口で言っても分からんか…。良かろうホレ、めんどくさいからまとめてかかって来い!」
「ああっ、とうとう始まっちゃいましたよ!コレはしょっぱなから大乱戦ですね、弐狼さん。はむはむ…」
「老人相手に若者が6対1、圧倒的有利でも決して手を抜かない悪役の鏡だぜ。俺も見習わねーと。クッチャクッチャ…」
「手出し無用って言ってもあまり良くない頭に更に血が登ったバカ者、いや若者6人相手に余裕しゃくしゃく
かよ。なんか不気味だな…あのジイさん何者なんだ?
モグモグ…」
格闘マンガの解説役宜しく遠巻きに俺達がハラハラと見守っているとヤンキーの一人がこちらに気付いて怒鳴り散らす。
「オラァ!見せモンじゃねーぞ!美味そうにチキン食いながらイチャイチャしやがって!本当なら今頃俺達だって女の子ナンパしてメシ食ってた予定だったのに!チキショー!!」
「誰がバカ者だコラァ!ちょっと年上だからって偉そうにすんなよ!こちとらもう働いてる社会人だぜ!
お前等より先輩だぞコラァ!」
続けてもう一人も抗議して来る。そうか働いてるのか偉いな。だけどそんな調子じゃあとから入社して来た年下の大卒君の上司に顎でこき使われるだろう。
街に着いてナンパしてても恐らく可愛い女の子じゃ無くて連休返上した怖いお巡りさんに連れて行かれたかも知れない。色々見通しが甘すぎる。
「そーゆー訳だ覚悟しろジジイ!残念だったな!俺は格闘技やってたんだ!泣いても許さねぇからな!」
一際筋肉質な丸刈りに変な渦巻き模様のヤンキーがジイさんに襲い掛かる。しかしジイさんはギリギリでサッと横に躱してめくり、とんっ、と背中を押して丸刈りを前のめりに転倒させた。そして倒れた丸刈りの背中に胡座をかいてドカッと乗っかり腕を組み目を閉じる。
「ヘッ、ジジイ如き一発で跳ね除けて…オイ!ジジイ重てーぞ!ダイエットしろよ!…って重い重い!なんだよコレ!?ドンドン重くなってる!潰れる!退きやがれこのメガトンジジイ!ギャアアア!!」
「オラァ!退けよジジイ!うわっ!ジジイ何キロ有るんだよ!?ビクともしねぇ!」
「サッカーやってた俺のキック喰らいやがれ!オラァ!っ痛ってぇーーー!!!足がァァァ!」
「顔なら無防備だろ!目潰し食らわせてやんよ!卑怯は俺の必殺技だぜヒャッハー!ギャアアア指がーーー!!!」
「お前等何やってんの?コントなら俺も混ぜてくれよ!身体張ったネタは得意分野だぜ!」
何やらいきなり予想を裏切る斜め上の阿鼻叫喚に弐狼が面白い物を見つけたとばかりに近寄って行く。
「このジジイオカシイんだよ!めっちゃ重くて固てーんだよ!」
どれどれ、と俺達もジイさんに
「ジイさんちょっと良いか?よっこらせーって、重い!まるっきり岩じゃねーか!」
弐狼がジイさんを引っ張って見るが全く動かない。
「じゃあわたしも〜。え〜い!ポルターガイストぉ〜
!アレ?念力系もダメみたいです〜。」
「コレはお手上げだな。お前等ジイさんに謝ってギブアップしろよ。丸刈り君が泡吹いてるぞ?」
「ああっ!邦雄がやられたぁー!最大戦力が…もうおしまいだぁー!」
まだ一人目なんだが、諦め早すぎだろ。まあ今の若者に根性を求めるのも無理がある気もするけど。
「おいリキ!オマエNo.2だろ?チャチャッと片付けて来いよ!」
「ヒロシが行ってジジイに謝って来いよ!土下座は得意技だろ?」
「チキショー!アルちゃんと邦雄を返せよぉー!」
コイツら絶望的にケンカに向いて無いな。若気の至りで何となくオラついてみたらみんな避けて行くから勘違いしちゃったタイプか。でもコレどうすんだよ。
収集が付かなくなり途方に暮れていると一台のオフロードカーがダンプの後ろに止まり、ドアを開けると中から190センチ以上も有る大男がヌッと姿を現した。
ハマーH1か。初めて本物見るな。ロードカー化したH2、H3と違いH1は完全に軍用で快適性は最小限でしか無い。それにしてもデカいな、迫力がダンプに負けて無い。大男が慌ててこちらに駆けつけて来る。
「じ、ジイちゃん!またこんな所で!すみません、うちのジイちゃんが!皆さん御無事ですか?」
「コレが無事に見えるのかよ!テメージジイの身内かよ!どーしてくれるんだ!ああン!?」
「なんなんだよこのバケモンジジイはよォ!テメーもバケモンの仲間かよ!」
次々と抗議するヤンキーに大男がペコペコと頭を下げながら
「家族では無いですが仲間というか、俺は人間なんですがジイちゃんは人間じゃ無いです。子泣きじじいと言う妖怪です。ホラジイちゃん、もうその辺で勘弁してあげてよ。せんべいになっちゃうよ。」
「ヒィィィ!マジバケモンじゃねーか!」
「妖怪退散!妖怪退散!」
完全にパニック状態のヤンキー達にジイさんが
「全く最近の奴等は根性が無いのう。ワシの若い頃は愚連隊なんて呼ばれてな、高度成長期にゃ神風ダンプって荒稼ぎした時も有ったの。今は街道四天王の一人
このワシが〝
流石に自分がかなりヤバイ事に気が付いたのか、駆け出しヤンキー達はガタガタ震えて身を寄せ合っている。ジイさんのダンプを良くみるとサイドにはシーラカンスのイラストが描かれ、ドアには〝街道仁義〟だの〝御意見無用〟だのとステッカーか貼られて後ろは〝最大積載量積めるだけ〟と張替えられていた。
絶対近寄ってはイケナイ危ない車だった。
大男が恐れもせず今だ放置プレイ中の〝族〟アルちゃんに近づくと
「可哀想に。今助けてあげるよ。よいしょっと!」
いとも軽々とアルちゃんを再びひっくり返して元に戻した。アルちゃんはちょっと屋根が凹んでいたが走行には問題なさそうだ。
「皆さん取り敢えずコレで宜しいですか?」
呆然と見つめていたヤンキー達が一斉に我に帰ると、
「バケモンが増えたぁー!」
「ひぃ~お助け〜!」
「もうやだお家帰るぅ〜!」
「ジジイ覚えてろぉ〜!」
などと捨て台詞を吐き散らしながら逃げる様にアルちゃんに乗り込む。大男が放置された左巻の丸刈り君を抱えて
「あっ、忘れ物です!」
と駆け足で届けると急いでエンジンをかけ、大男にお礼も言わず「キュキュキューッ」とスキール音を鳴らしてフルスロットルで突っ走り消えて行った。
「ヤレヤレ最後まで礼儀を知らん奴等じゃったのう。まあそのうちまた会うじゃろう、きっちり教育してやるわい。カッカッカッ!」
「ジイちゃん人間には手加減してくれとアレ程…」
カラカラ笑うジイさんに大男が溜息を漏らす。マリが大男をじーっと見つめて
「あっ!どこかで見たこと有ると思ったらゲームコーナーの店員さんです!これはこれは、先日はデメニギスちゃんが大変お世話になりました。本当に有難う御座いました!」
と深々と頭を下げる。本当だ、飯澤のゲームコーナーの店員さんだった。
「ああ、いえいえ、こちらこそ有難う御座います。楽しんで頂き光栄です。是非またお越し下さい。俺はゲームコーナー担当の〝
「四天王あと一人か…ん?ひょっとして
フム、と化石斉のジイさんが
「なんじゃ環ちゃんの知り合いか?環ちゃんはこの街のヤンキーのトップで街道四天王の一人じゃ。攻撃型で手のつけられん暴れん坊じゃが気の良い所も有るから仲良くしてやっとくれ。」
四天王コンプしちゃったよ…。そう言えば利美太どうしてるかな。そのうち連絡してみるか。
「やっぱやべー奴等じゃん。太助オマエ引きが強すぎるだろ?」
弐狼がクジ運が強い俺を妬んでるのか微妙になじって来る。ふと、マリの顔をじっと見つめてしまう。
美少女という点はまあ、大当りなんだが。
取り敢えず今はこの娘を家まで確実に配送、じゃ無かったお届けしないと。俺達がコンビニの駐車場に戻るとけたたましいサイレンを鳴らしてパトカーが〝族〟アルファードが消えて行った方向に走って行った。
「さあ、急ごうぜ。コレ以上厄介事はゴメンだ。何かあっても積極的にスルーするからな!」
大分ぬるくなってしまったソラチキと一緒に買って来てくれたコーラを燃料代わりに喉に流し込み、市場通りを中央区へと突き進んで行く。ここからなら混んでてもあと30分掛からないだろう。さてマリハウス拝見させて頂きますか。マリは「普通の家ですよ」と笑っていたけど女の子のお宅訪問なんて初めてだ。
イカン、運転に集中しないと。助手席の弐狼マリをチラリと見ると久しぶりの帰宅にやっぱり緊張している様で唇を一文字に結んで拳をぎゅっと握り締めていた。
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