第20話

          一章


       マリちゃんとただいま


          その③


 「弐狼さん、弐狼さん、そろそろ起きてくださ〜い!早く起きないと太助さんが目覚めのチューしちゃいますよ〜」


 マリがペチペチと弐狼の顔を足の裏で叩く。そのサービスまだやるのか。あと、俺のチューは最終奥義だからラスボスを通常攻撃で弱らせた後で使うと決めている。まあ、陰キャだから出番は無いが。

 条件反射の様にガバッと弐狼が起き上がり


 「う〜ん、良く寝たのだ。太助のチューは不味そうなので要らないのだ。ん?おおっ!体が自由に動かせるのだ!やったー!苦節百とあと忘れた年、とうとうアチキの時代がやって来たのだー!!フフフフ…おのれ人間共め!絶対許さんのだ!繁殖しまくって人狼軍団で復讐してやる!覚悟するのだ!!」


 「おっと目覚めたのは妹の方だったか。意気込むのは良いけどソイツ全くモテないの忘れてるぞ。更に繁殖機能のパーツに深刻なダメージ食らって修復に時間が掛かりそうだな。」


 弐狼?妹は急に青ざめ頭を抱えマリの足を見てガクガク震え出し


 「そうだったのだ…バカ兄じゃあと百年経っても繁殖出来そうに無いのだ…アチキが人間の女の子だったら絶対選ばないタイプなのだ。その上マリちゃんの去勢キックをまともに食らってしまったのだ。マリちゃんがキックの鬼に見えたのだ。感覚を遮断しなかったらアチキも繁殖出来ない身体になってたのだ…仕方無い今日は撤退してやるのだ。女の子のボディだったら良かったのに…しくしく…」


 またもや弐狼妹は深く弐狼の中に沈んで行き、変わりに本体が目を覚ました。


 「おかえりなさい弐狼さん。夢の国はどうでした?」


 マリが先程の凶行を無かったかの様に天使の笑顔で出迎える。


 「ああそれがよぉ、聞いてくれよ。気が付いたら妖精さん達に囲まれててよ〜、最初はみんな食べ物とか持って来てくれて優しくしてくれたのにちょっと調子に乗ってナンパしたら急に泣き出したり激怒して「バーカ!」「ヘンタイ!ヘンタイ!」「しんじゃえー!」

ってフルボッコにされちまってよぉ。


 「オマエの事だからいつもの調子で息をするように

失礼な事言ったんだろ?」


 「俺はただこないだ行きつけのショップで新作のグッズが有ってよ、「最新技術でついに登場!超伸縮性素材で妖精さんが貴方を天国へいざないます!」って書いてて、しかもめっちゃ売れてるから俺も今度の小遣いで買いたいって褒めてやっただけだよ。それなのに二度と来んなとか酷くね?」


 うん、確かに酷すぎる、よく発売したな。そのメーカーはさっさと潰れた方が良い。めっちゃ売れてるって…妖精さん達がやさぐれてしまいそうだ。


 「ようせいさん…?ファンシーグッズですか?妖精の粉とかで気持ち良くなれるやつとか?おじいちゃんの家の棚に〝人工精霊ナパーム〟ってのが入った瓶を見たこと有ります。体当たりで目標に突撃するから可哀想で結局使えなかったって埃被ってましたけど…」


 ファンシーと言うか、ジョークグッズと言うか。

頬に指を当ててあどけなく妄想に耽るマリに顔を寄せ


 「妖精さんってのはな、妖精の形の…ゴニョゴニョ

他にも色んな…ボソボソ」


 それとなく真実を伝えるとマリが真っ赤に沸騰して頭からプシューッとSLの様に湯気を吹き出し


 「えっ?だってサイズが…伸縮性素材?テクノロジーの無駄遣いにも程が有ります!他にも無限のバリエーションって…はっ!?まさか〝幽霊さん〟

とか…ダメですダメです!罰当たりですヨ!呪いますよ!祟りますよ!止めて下さい!」


 弐狼を涙目で睨み肩を抱いて後ずさる。〝幽霊さん〟は今の所出て無いが、何でもアリな業界だから今後が心配では有る。本当に一回呪われて欲しい。しかしマリもわざわざネタを提供しなくても良いのに。暫く付き合って分かったけど募穴を掘る癖みたいなのが気になる。危なっかしくてそばに居てやりたくなるんだよなあ。


 弐狼がポンと手を叩き、


「そういや俺プレミアム会員だったわ。マリちゃん素敵なアイデアサンキュー❤ランダムで呪いを封入して金縛りプレイ付きにすればめっちゃ売れるぜ!報酬はマリちゃんの分多くしてくれる様に頼んで…アーッ!」


 ちっとも学習しない弐狼がマリに金縛りにされてまたグリグリされていた。


 「楽しく遊んでるトコ悪いけどそろそろ出発しないとゴールデンウイークだから中央区辺りは混んでそうだからな。ほら、マリもグリグリはもう良いから。」


 大の字で伸びてる弐狼にマリが嫌そうに憑依して階段を降りて玄関ドアを開けると、眩しい初夏の陽光が突き刺して来た。そうだった、最近昼間に外に出て無かったな。コレが現実世界なのだ。


 続けて玄関を出た弐狼マリも


 「ふわ〜!太陽さんお久しぶりです〜!夜の世界も良いですけど昼間の雰囲気はやっぱりアガりますね〜。アスファルトの灼ける匂いとか走りに行きたくなっちゃうかも。」


 「今日は魔王退治じゃ無かった、お母さんに会って謝るんだろ?気合入れとけよ。俺と弐狼も一緒だから心配すんなよ。」


 とは言え、やはり俺もちょっと緊張する。どんな人なんだろう?まさか失態を犯した部下をニコニコしながらズバッと怪傑、じゃ無い首を物理的に跳ねちゃったりしないよな?マリは大丈夫だろうけど激しくオシリペンペンくらいされるかも知れない。


 カーポートの下で木漏れ日が真っ赤な車体にキラキラと反射する。良く考えたらロッソコルサのMR2なんて随分贅沢だよなあ。


 「やっぱりこの車カッコイイですね〜。エアロパーツとか付いて無いのに走り屋っぽく見えるのは不思議ですね。」


 「インチアップして3センチ程車高も下がってるし、マフラーも抜けの良いタイプに変わってるからな。日本車がノーマルだとダサく見えるのは普段使いの為に色々妥協してるからだな。そこを割り切ってカスタムするとなんか本物っぽくなる。」


 「走り屋の車ってカスタムしないとダメなんてすか?」


 「ソコなんだがマリの車って年式的にも中古車だよな?ノーマルだったのか?」


 「ハイ!お店のお兄さんが程度極上のフルノーマルって言ってました。」


 やっぱりか。クソッ!もっと早く出会っていたら…


 「街乗りだけならソレで良かったんだがな、ワインディングを走るならまず足周りのカスタムは必須なんだ。今の車はそのままでもちょっと攻めた走りにも対応出来るけど、年式が古いのは要注意だ。俺のMR2はボディから足周り、ホイールとタイヤもかなり攻めた走りが出来るまで手が入ってる。初期型のノーマルはとんでもない暴れ馬でプロでも走馬灯が見えたって話を聞く。」


 「わたしもっと勉強してれば…MR-Sちゃんどうしてるかなぁ。」


 「マリは何にも悪くないさ。これからは俺も弐狼も付いてるから心配するなよ。でももう2年だもんなあ。MR-Sは保管しててくれたらラッキーってトコだよな。」


 「ああっ!なんか凄く気になって来ました!うちのお母さん普段は優しいんですけど怒るとめっちゃ怖くなるんですヨ!MR-Sちゃんの安否が気になります!

急ぎましょう!」


 2年越しで今更な気もするが気持ちは分かる。

アタフタとマリが助手席に乗り込み、俺も運転席のシートに座る。キーを回しブォーンと快音がガレージに響くと隣の新築の玄関の扉が開き小学生の男の子が飛び出てくる。


 「おおー!カッケー!太助兄ちゃんお出かけかー?」


 「ああ、ちょっと友達送って来るよ。そっちもお出かけか?」


 「うん!ママが西地区にお買い物に行くって!美味しいスイーツ一杯食べるんだ!」


 続けてお母さんが玄関を出て来る。若くてオシャレな人で「まだ二十代だから!そこの所宜しく!」と

の事。ちなみにバツイチだ。


 俺のマシンをジロリと見て


 「うるさい車ね。真っ赤なスポーツカーなんて生意気よ。」


 威圧的な瞳に思わずペコリと頭を下げてしまう。

星ヶ丘 星羅せいらさん。男の子が輝良羅きらら君。キラキラしたステキネームではある。

お隣に長年住んでいた老夫婦が家屋の老朽化で息子さん夫婦の元へ引っ越したあと、建て売り住宅に今年の春輝良羅君の入学に合わせて女グセの悪い旦那さんと別れて東京から引っ越して来た。

転居の挨拶に来た星羅さんを母さんが半ば無理矢理引っ張り込んで酒を勧め、そこから女子トークになって前旦那さんのグチを盛大に喚き散らすと泣きながら酔い潰れてしまった。俺の顔を見つめて「あいつさぁ、顔だけは良かったのよ…ぐすぐす…」と洩らす泣き顔に居た堪れなくなり自分が悪くないのに「ごめんなさい。もうしません」と謝り、俺は二階の自室に逃げたが

「いつもそう言ってる!今日はもう絶対に許さ〜ん!!」と怒号が追い掛けて来て俺は大人の世界の恋愛の世知辛さを思い知った。


 輝良羅君を助手席に乗せ星羅さんが自分の車を発車させ快音を響かせ角を曲がって消えて行く。


 BMWミニのジョンクーパーワークス。ミーハーなのかマニアックなのか、あんまり人の事言えねーじゃん。マリが呆然と見送りながら


 「なんかおっかないお母さんでしたね〜。息子さん大丈夫でしょうか?」


 「星羅さんあれで子煩悩だから心配ないよ。今は旦那さんと別れたばかりだし、こっちにも慣れて無いからしょうが無いさ。うちの母さんと仲良くやってるから任せておこう。ああ、それが良い。」


 「そうですね。大人の恋愛はわたし達にはまだ早すぎますよね。」


 マリが顔を赤らめて俺を熱く見つめてくる。だから弐狼のボディでソレは勘弁して下さい。


 思わずアクセルを強めに踏んでしまった。


 






 

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