ワインディングで幽霊少女を拾ったら凄くいい娘で俺の事がダイスキなのでお友達から始めてみた
ムーンサルト リム
第1話
《プロローグ》
そろそろ深夜という頃。
ボォーっと云うちょっと野太いエンジン音に続けてキィーとブレーキ音。カスタムカー特有の個性的なサウンド。
築30数年の我が家はリビングから外界の変化が直ぐに感じ取れる。
「ピンポーン」
「おっ、早いな」
程なく押されたインターホンに反応し、玄関へ向かう。
ドアを開けると其処に居るのは
《幽霊の女の子》
「マリちゃんデリバリーサービスでーす!」
夜空を照らす眩しいいつもの笑顔。
「随分早いな」
「お呼びとあらば、即参上!だよ!特級酒と聞いて翔んできました!安全運転で!」
「やっぱりそっちか!呑兵衛幽霊め」
「エヘヘ〜ゴチになりま〜す。」
育ちが良い幽霊は、キチンと履物を揃えソソクサとリビングに向かう。
「おじゃましまーす!」
ひょいと顔を出すと、
「アラアラ、マリちゃん。ただいま~でしょ?」
母さんが突っ込むと、
「あ、そーでした。ただいま~、です。」
「くっ…!」
俺は突っ込んだら負けだと自分を宥め、幽霊娘の持ってきた買い物袋を覗く。
なんか高そうな栄養ドリンクまである。
「オイ、これ何に入れるんだよ?」
「お母さんが今日はお泊り確定だから頑張るのよ?マリちゃんファイッ!レディーゴー!って。お父さんなんか泣いてた。」
「誠二さん…」
俺は心の中で幽霊娘の父に娘さんは無事に返すと誓った。
「ソレにしても…酷いね…まるで砂漠だよ…」
乾き物しか無いテーブルを見渡し、幽霊娘ことマリちゃんは深く嘆息した。
「ああ、折角の滅多に無い戴き物なのに御覧の有り様だよ。親父様ときたらそんなツマミで大丈夫か?って聞いたら大丈夫だ問題無いって。
母さんは御飯ならさっき食べたでしょ?覚えて無いの?とか言って本日閉店宣言された。」
「まーかせて!勇者マリちゃんが一番イイので救済しちゃうから!」
幼い頃から自身の食欲を満たす為、ひたすら料理に明け暮れたと云うマリの料理は家庭的で有りながらプロを凌駕するレベルに達している。幽霊とは云えこんな時間に年頃の娘さんを呼び出すのは普通なら気が引けるのだが、食い意地の張ったコイツは呼ばなきゃ後で絶対涙目で抗議するビジョンが瞬間的に大画面で映し出され、俺の脳内会議は即時召喚を決定した。
「フンフフンフフーン」
楽しげに調理を始めたマリの後ろ姿に、俺の両親は魔王軍から開放された村人の様に「ありがたやありがたや」と拝んでいた。
確かにまさかうちの台所で女の子が料理している姿なんて、ほんの少し前まで有り得ない現象だった。人は縁が無いモノは想像すら出来なくなる。
初めてマリを連れて来た時は「えっ?た、太助が女の子攫って来た…!」とやっちゃったドラ息子扱いで、良く見たら白っぽくて少し透けてて浮いてるので「ああ、憑いて来ちゃったのね」と別の意味でもやらかした、と騒ぎになった。ちなみに幽霊である事は直ぐにどうでも良くなった。
俺は縁側に七輪を置き、炭を入れて火を付けた。網を敷きスルメを炙り乍ら、お気に入りの新作アニメの主題歌を歌う背中に
「調子どうよ?」
とこちらも背を向けたまま問いかける。
「絶好調だよー!エンジン変わってターボまで付いてて乗りづらくなるかと思ってたらすごくイイの。さっすが鳴海のオジサンだよ〜。」
「随分変わったよなぁ…」
修理ついでに大幅にレベルアップしたマリのマシンもなのだが、俺の環境は更に変わり果てていた。
「ん〜?変わっちゃったなら愉しむしか無いよ。神様の思し召しなんだよ。きっと。」
「あの駄ギツネのしわざか!まだ躾が足りない様だな!何か新しい罰を…」
この街の一応最高神のイタズラ狐が頭の中でアッカンベーをして俺は頭を抱える。
「また泣かしちゃダメだよ!あんなにカワイイのに。太助クンはキライなの?」
「嫌いじゃないけどさぁ、タチが悪すぎるからな。狐神ってのは上手く操縦しないと。」
パチパチと音を立てるスルメをひっくり返し、更に炙る。立ち昇る炭からの煙と焼けるイカの香り。ふと見るとお隣の新築の窓から男の子が興味深そうにじーっと見ていた。
やがて奥から「そろそろだよー。太助クンお願いしま〜す!」とお呼びがかかる。
ヤレヤレよっこいしょ、と腰を上げ仲良くソファーでケラケラとお笑い番組に興じる元ゲーマーとギャルの両親に「いや、働けよ」と呟くと、「俺は日中働いてるから」「アタシはもう閉店してマース」ギャハハと下品な笑い声とやる気の無い答えがリビングに響いた。
塩辛が乗った特製出汁醤油の冷奴、イカの鉄砲焼、アジのなめろうなどをヨダレを抑えつつ食卓に運ぶ。そして一際香ばしい香りを放つ改良に改良を重ねた(本人談)《マリから》鶏&豚。
う〜ん、コレは…もうガマン出来ない!
そーっと見つからない様に一つ摘みパクる。
「あぁ~っ!ダメだよ!めっ!泥棒はウソツキの始まりだよ!」
「チッ!なんでバレた?角度的に完璧だったはずなのに!」
「センサーにピピッときたの!フライングはお預けペナルティだからね?」
イエローフラッグを振られてノロノロと続けてお酒とコップを並べる。
やがてすっかり華やかになった食卓にみんなが席に付いて、
「カンパーイ!!」
楽しいホームパーティーのスタート。
俺と親父は瓶ビールを酌み交わし、母さんと苦いのがダメなマリはジョッキのレモンサワーでカンパイしている。
「あの、唐揚げイイッスかね?」
「しょうが無いにゃあ、いいよ」
解禁された《マリから》に俺は飛びつく。
「やっぱうめぇ…尖って無いのに妙にクセになるんだよなぁ。どうなってんだ?食べ続けたら冥界に連れて行かれそうなんだが」
「大丈夫だよ、多分。いつも作って食べてるわたしが成仏して無いから。わたしを成仏させられるのは太助クンの愛情だけです!あと、レシピは乙女のトップシークレットだよ。」
魔改造された黄金のV12ツインターボエンジンのスープラが脳内で唐揚げに突っ込んだ。
「まあ、その、成仏はまだまだ先でいい気がするな。焦ると事故に繋がるし、スピード違反ヨクナイ!」
「恋する乙女はいつでも全開バリバリだよ!なんかわたしの愛情はいつも一方通行な気がするんですが、いつ対面通行開通するの?」
「少しはアクセル緩めろよ!対面通行開通したらお前速攻で正面衝突してくるだろ!ミサイルみたいに!」
「流石だね…でもマリちゃんは柔らか素材だから大丈夫だよ〜ホラこんな感じ?ついでに愛情もらっちゃお♡」
ほんのり紅い頬の酔っぱらい幽霊娘がチューを求め抱きつきボリューム不足のダブルエアバッグに顔を突っ込む。
「行っけーマリちゃん!今日こそこのボンクラから絞り尽くせー!」「アツいねぇ。俺も昔は…」「アンタがアツかったのはゲーセンだけっしょ?」「かーさんに初めて生搾りされた夜のコトは今でもトラウマだねぇ。」
煽りながらしみじみ惚気るなよ。
そして親父様はすっくと立ち上がり、
「コホン、盛り上がって来た処でじゃあパパ特級酒出しちゃうぞー!」と本日のメイン
「竜神様の泪」
を食卓のど真ん中にでん!と登場させる。
「キャーパパステキー!」
「待ってましたー!よっ大統領ー!」
母さんとマリから黄色い歓声が上がる。
オバサンと幽霊だけど。
親父が得意先から頂いた酒は非常に入手困難な代物で店頭でもネットでも売っておらず、現地の酒蔵でたまたま有ればラッキーと言ったモノらしい。
作法に則り木枡に置かれたグラスにうちの食卓に似合わない高級酒がコココっと注がれ
「お〜っとっとっと〜」
と、マリがグラスに顔を寄せる。
ナルホド、其れがやりたかったんだな。
ならば俺は、と先程焼いたスルメを裂いて皿に盛りマヨを添える。一つ摘み未だ背中に貼り付く幽霊にマヨを付けたスルメをそ〜っと近づけると、
「イタダキ〜!」
とパクっと凄い勢いで食い付く。
どう、どう、と頭を撫で引っ剥がし横に座らせ待望の特級酒を口に含んだ。
龍神が棲む滝の水から作られたと云うその酒は、清々しい口当たりながら質の良い米の香りが広がりドッシリとした力強さが残り、竜神様のパワーが躰に流れ込む。(気がした)
気が付くと更に紅みを増した顔で
「は〜コリャコリャ、止めらんないね〜」
すっかり美少女幽霊から酒浸りのオッサンにジョブチェンジしたマリがなめろうを突付きながらスルメを片手にグイグイお代わりを続けていた。
「よーしじゃあマリちゃんいつもの行ってみよ〜!」母さんが良い年して煽ると
「は〜い!ホイホイっですよ〜いつもより多く回しておりま〜す。」
人魂でお手玉を披露する幽霊娘に
「なんかコレもちょっと飽きてきたな。もっとこう、アートなやつねーの?」
つい、酔った勢いで俺は余計な事をポツリと。コレが涙のリクエストになろうとは。
すると、「出来るもん!じゃあこれからマリちゃん太助クンを呪っちゃいまーす!」
プクーっとフグみたいに頬を膨らませ冷蔵庫からケチャップを取り出し、縁側から二階の俺の部屋の方に飛んで行ってしまった。
これは猛烈に嫌な予感しかしない!
急いで階段を駆け上がって部屋のドアを開けた時にはもう時遅し。
部屋の窓にはケチャップで大量に真っ赤な手形がびっしりと押され、マリちゃん参上と書かれてしまっていた。イラッと来る現代アートの向こうではお隣の男の子がこちらを指さしながら母親に引っ込められている。奥さんはキッと俺を睨みシャッとカーテンを閉めてしまった。
足元に気が付くと、俺のベッドの横に母さんが敷いたちょっと良い布団に一仕事終えたとばかりにいい顔で一升瓶を抱きしめ健やかな寝息を立てる幽霊アーティスト。畜生、朝になったら絶対に消させてやるからな。
本来の活動時間を完全スルーし爆睡する(夜ふかしはお肌に良く無い、職質が怖い、不良に絡まれるから)愛すべきカワイイ幽霊娘を見下ろす。どっとした疲れと直後に猛烈な睡魔が襲って来て、
「寝るか…」
布団に潜り込んだ俺は直ぐに微睡みに落ちて行った。
翌朝。夜中にトイレに行ったついでにまだテーブルに残っていた唐揚げを全部平らげてしまい、「太助クンが唐揚げ全部食べちゃったぁ〜!」と泣きわめくマリを「あ〜あ泣〜かした」と両親が煽り、俺は高い昼飯を奢る羽目になってしまった。
やっぱり怪異なんてロクなもんじゃない。
そんな
俺の日常が変わってしまったあの日。
話は少し前に遡る。
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