異聞 Crimson World Mars

福田牛涎

異世界に飛んでみた

私の名前は長山瑚雪ながやまこゆき

またの名をニェボルニェカ・D・イルカナトワという、ごくごく普通のぴちぴち11歳独身のホムンクルスの小学生。

頭のおかしいマッドサイエンティストの父長山熊藏ながやまくまぞうと母ルーヴシュカ・I・イルカナトワの遺伝子を組み合わせていい感じに遺伝子操作も行って生み出された、頭脳だけが完璧超人の存在。

それが私。

それはともかく、いつものようにランドセルを背負って面倒な学校へと通うべく道を歩いていた時、彼と運命の出会いを果たしてしまう。


「カッコイイ………」


それは1か月前の登校中での出来事。

真夏だというのに黒のTシャツに黒のマフラー、黒のジーパンを身にまとった中年の男。

びっしょりといた汗が太陽の光でまばゆい程輝いている。

周囲を歩く人々は彼を不審そうな目で眺めながら通り過ぎ、その視線の先にはもれなく電信柱の影で見守っていた私も含まれていた。


「学校に行っている場合じゃない」


私は、すぐさま家へと舞い戻った。


「おぉ、最愛の娘よ。学校はどうした?」


そんな父の言葉をスルーして、自分の部屋へと入るとスパコンを立ち上げた。

そして、スパコンの中で待機していた3つのしもべに命令したのだった。


「リリ、ティラミス、リョク」

「街中の監視カメラをハッキングして、彼の映像を手に入れて」


しかし、そんな私の命にリョクは反論した。


「マスター。彼の画像を手に入れてって言いますけど、私達、相手の人の顔どころか名前すら分からないんですけど」


そうだった。

私は、自作の【頭の中よみとおる君】をかぶり彼の映像を取り出して、情報をリョクたちに転送した。


「名前は分からないけど、顔情報でよろしく」


「ヴ・ラッジャー」


それから10秒くらい待って、まだかなぁ、と貧乏ゆすりを始めたちょうどその頃、リョクたちから結果報告を受けたのだった。

私は、受け取った映像を写真にして部屋中の壁に貼り付けて若気にやけていたが、やがて、それでは物足りなくなってしまう。


「そうだ、彼が住んでいるところを調べれば、いつでも陰から見守ることが出来る」


そう考えた私は、役所のサーバーに不正アクセスをして彼の顔情報と一致するワイナンバー情報を入手することに成功した。


一色蒼治良いっしきそうじろう………これが愛しの彼の本名………」


それからは、彼の家を覗き見る日々が続く事になる。

といっても、彼は隣に住んでいた隣人だった。

であれば、父と母が彼に関する有益な情報を持っているかも知れない。

私は、それとなく聞いてみることにした。


「一色蒼治良ってどんな人?」


その問いに対し、母は端的に答えた。


「頭のおかしい中年中二病患者よ」


そして、こう続けた。


「人に興味を持たないあんたが珍しいねぇ。ひょっとして、その男に恋でもしたのかい?いや、まさかねぇ………って、えっ!?マジで!?」


その隣で新聞を読んでいた父が、それを折りたたんで口を開いた。


「いやはや、流石はホムンクルス同士、惹かれ合ったといったところか」

「よし、ここは父として威厳を示す意味でも、彼と二人っきりで話が出来る場を提供しようじゃないか」

「なぁに、安心しろ。父も母さんもお隣の夫妻とは顔見知りだからね」


そこは、友達じゃないんだ。

そんな事を思いながら父と母に依頼したのだった。

そして、それは次の日にやって来た。

私の前に現れたのは、すすまみれの父と母と恐らく愛しのあの人の父母の4人。

父が口を開く。


「あー………すまん娘よ」

「こちらの夫妻と4人で徹夜で眠いのを我慢しながら製作した【秘密部屋にGo君一号】に不具合が生じてな」

「彼が秘密部屋ではなく、異世界に転送されてしまった」


その報告を受けた私は、僅か30秒の間に部屋に戻って手にしたハリセンで父と母の頭をスパーンと叩いた後【秘密部屋にGo君一号】に乗り込んだ。


「行くんなら、この子達も連れて行きな」


頭をさすりながら母はそう言って、リリ達が押し込められている携帯型汎用スパコンをポイっと投げ渡して来てビッと親指を立てた。

こうして、私は3つのしもべと共に愛しの彼の待つ異世界へと旅立ったのであった。

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