味わい深いバイト
赤山千尋
五の味わい
午後二時の駅前にはほどよく人が行き交っていた。
どこから来たのか居るのか向かうのか、よくわからない足だらけ。その中で一番よ
くわからないのは私だった。よくわからない風体で、よくわからない色の台車に、よ
くわからない品揃えのお菓子を積んでいた。
駅近くの電柱で見つけた貼り紙バイトに応募した結果がこれだった。
「お菓子はどうですか……あ、いりませんか……」
行く足止まる足に声をかけていたが、そっけない手振りで通り過ぎるばかりだった。寒さと空しさが鼻をすすらせた。しょっぱい水色の味がした。
「お菓子はどう? 売れてる?」
そう声をかけてきたのは雇い主だった。柔らかい声と匂いが鼻と耳に響いた。
「まだ一つも……」
「せっかく秘密のルートで仕入れたんだ。どんどん売っていこう」
「秘密のルートって……?」
「それを言ったら秘密にならないよ」
優しい笑顔でそう返される。気持ちが浮わついて、会話の内容がその下を素通りしていった。
「見てたけどちょっと練習が必要かな」
台車の中からマカロンの箱を取り出しながらそう言った。
「練習……ですか……」
「そ。じゃあ今から行こうか」
箱を開けて、私に取るように促す。全部ピンク色だ。
「えっと……どこへ……」
「ちょうどいい場所」
台車を押して歩き始めたのでついていく。もらったマカロンを口に入れた。甘い苺色の味がした。
「〝お菓子は如何でしょうか! おやつにピッタリですよ!〟」
カラオケボックスの一室に一時間コースの条件で、セールストークを叫んでいるの
は世界で私一人だろう。少なくとも今は。
「大きな声で。頑張ってね」
そう言いながら渡された何枚かのメモと鍵一つ。書いてあるのは復唱の台詞と〝一時間やったら元の場所で販売再開! 台車は貸倉庫!〟の文字。渡した本人は忙しそうにどこかへ行ってしまった。
「〝こちらなど大変おすすめですよ!〟」
紙の台詞を大きく読んで苛立ちごと吐き出すのに躍起になっていた。
そうしているとインターホンが鳴った。終了の時間が知らされる。もう一時間が経とうとしていた。
真面目に一時間やる必要があったのかなと考えそうになったけれど、答えが出たところで意味がないと決めつけてやめた。
いずれにしろそろそろ戻らないといけない。胃が緊張を訴えてきた。喉の奥から酸っぱくて黄色い味がした。
結果を先に言うとそこそこ売れた。
「お菓子は如何でしょうか! おやつにピッタリですよ!」
最初の方は声が裏返っていた。終わるころには痰が表に出そうだった。その甲斐あってか台車の底が見えた。見えた底には封筒が置いてあった。中を開ける。偉人が十人と、一枚のメモに、一個の鍵が入っていた。
〝お疲れさま! バイト代です。台車は貸倉庫に戻しておいてね!〟
五時間でここまでもらえるとは。始める前は怪しさで舌が乾いていたが、こんなに美味しいとは。とにかくこれで仕事終了。
もう夕日が射していた。空に飴色のいい味が染み出していた。
一週間後、家に警察がやってきた。
「駅前でお菓子を売っていたのはあなたですよね」
「は……はい……バイトで……」
「どこでその募集を見ました?」
「いや……駅の近くに張り紙が……」
「あのお菓子ね、物流の倉庫から盗まれたものの一部だったんですよ」
「え……」
「まあ貴金属より処分が楽だから〝せっかくなら〟ってところでしょうかね。労力に見合うのかは微妙なところだけど」
〝せっかく秘密のルートで仕入れたんだ〟
そう言っていたのを思い出す。
「詳しい話をお聞きしたいので、署までご同行を」
その後は刑事さんの渋い顔と
今でもたまに喉にくるくらい、とても苦い灰色の、味わい深い思い出だった。
味わい深いバイト 赤山千尋 @T-CHIHIRO
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます