機能完全家族

@rona_615

第1話

 鳴り響く目覚ましの音に、母親の声が重なる。男の子は大きく伸びをしてから、ベッドを出る。

 服を着替え、顔を洗い、リビングに行くと、父親とお兄さんが「おはよう」と声をかけてくれる。

「おはよう」

 男の子は返事をしながら、食卓に着いた。母親が目玉焼きをテーブルに置いたのを合図に、全員が手を合わせる。

「いただきます」

「今日は体育があるんでしょ。体操服を忘れないでね」

「あ、醤油とって」

「そろそろ牛乳が無くなりそう」

 白いご飯に目玉焼き、サラダに味噌汁といった典型的な朝食を前に繰り広げられる、何でもない会話。朝のルーティンは滞りなく進み、男の子は家を出る。

 母親たちは食卓を片付け、食器洗い乾燥機のスイッチを入れる。そして、三体とも動きを止めた。


 20XX年、家族は一人一つずつ持つものとなった。

 きっかけは、児童養護施設や里親の代わりとなるアンドロイドの導入だった。両親と兄弟(大抵の場合は同性の年長者)の役割を持つ人型ロボットによる家庭は、保護者のない児童の育成に有効だと認められたのだ。アンドロイドによる家族の補填は一人親家庭や単身赴任者へと広がっていったが、大きな問題が一つ生じた。

 人間の親の不完全さだ。アンドロイドが構成する完璧な家庭に比べると、人が関わる以上、ミスや勘違いは避けられない。子供の資質を伸ばすにしても、知識技能をインストールできるアンドロイドの方が圧倒的に有利だ。

 スローガンを『子供たちに完璧を』とした活動は全国に広まり、人型ロボットのみで子育てをすることが一般的になった。親たちの方も、アンドロイドの子供を育てることで経験を積み、休日などには『ホームステイ』と称し、親子で過ごしたりする。

 一人一つ、オーダーメイドの『家族』による完璧な家庭環境。

 育児の負担が軽減されたことで、出生率も増加し続けている。


 アンドロイドの娘を送り出すと、マチは大きく伸びをした。今日は有給休暇。週末の『ホームステイ』に向けて、クッキーでも焼いてみようかしら。

 台所に向かいかけたところで、部屋の外から聞こえる泣き声に気づく。ベランダ越しに聞こえてくるその声は、隣の家からのものだ。

 アンドロイドを活用しない、新しい暮らし。

 そんな陳腐な言い回しで、時代に逆行している親が、隣には住んでいる。

 昼間は母親と新生児だけで過ごしているようだが、泣き声がするのは日常茶飯事。食器をひっくり返すような音が聞こえることもある。

 あんな様子じゃ、子供がまともに育つわけないと、マチは思う。幸いなことに子供同士の年齢は離れているが、もし、娘の同級生だったら、付き合い方に悩むところだっただろう。

 算数と音楽が好きな自慢の娘。マチ自身は楽器など得意ではないが、ピアノ講師の技能をアンドロイド親には搭載している。

 自身の『家庭』と比べると、教育の機会すら与えられないであろう隣の子には憐みを感じる。けれども、それと、自分たちを守ることは、話が別だ。

 ベランダの防音窓を閉じると、マチは首を横に振る。より良い『親子関係』のためにも、余計なことは考えないようにしなくては、と。

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