第62回「2000文字以内でお題に挑戦!」企画(1151文字)

彼は彫刻家

 チャッピナは彫刻家の弟子として働いていた。

 彼は性格がとても良かった。道に迷っている旅人がいれば、近くまで案内をするし、重い荷物を抱えている人を見れば一緒に運んであげる。泣いている子どもがいれば、練習のために木を彫った手作りの動物を渡して笑顔にしてあげた。街では知らない人がいないほど彼はいい人として知られていた。彫刻の腕はそこそこだったが師匠が商売上手だったので、彼も食うに困らない生活ができていた。

 そんなある日、彼にとてもいい話が持ち込まれてきた。

 貴族、それも公爵のお抱えになるという話だ。

 お金を持っている貴族が自分のために作品を作らせるのに芸術家をお抱えにする話は知っていたが、チャッピナは戸惑っていた。自分より腕のいい兄弟子たちは多くいるのになぜ自分なのかと。

 理由は単純だった。

 公爵の七歳の息子がお忍びで街へ出かけたことがあった。護衛たちとはぐれてしまい泣いていた時に、チャッピナに助けられたということだった。

 公爵は神殿と近い関係にあり、良い行いをした人間は報われるという教えを実行したいということだった。


 チャッピナに与えられた仕事は、そろそろ交換が必要な庭やホール、各部屋に飾る石像の作成、ドアや窓枠、額縁に彫刻を施すなど多岐にわたった。

 公爵や夫人が夜会やお茶会などでチャッピナの作品の話をするので、彼の彫刻家としての名はどんどん売れていった。そして、公爵にはチャッピナへの仕事の依頼が多くきた。

 その中でも一番多い仕事が額縁だった。彼が彫刻を施した額に入れた絵はとても高値で売れたからだ。公爵からの依頼だけではなく有名無名の画家からの依頼で額に彫刻するようになった。

 しかし、公爵お抱えのチャッピナは自分で仕事を選ぶことができなかった。公爵は高価な依頼は断ったのに、赤字になりそうな安い依頼を受けたりしていた。そのことにチャッピナはだんだん不満を持つようになっていた。

『自分で依頼を受ければもっと儲かる』

 そんな不満が大きくなっていったチャッピナなはとうとう公爵に独立を訴えた。

 公爵は悲しい顔をしながらもチャッピナの独立を認めた。


 独立したチャッピナには多くの注文が来た。彼は望んでいた通り依頼料で選び、儲けたが、だんだんと依頼が減っていった。公爵お抱えのときは何度も依頼してきた者も、独立したら一回の依頼で次がない。

 チャッピナは今まで依頼をしてくれた人たちに話を聞いて回った。依頼主はみんな「以前作ってもらった額ほど魅力がなくなったから」と答えた。

 彫刻の手を抜いていることなどはなかった。彼の彫刻は以前も今も全然変わっていなかった。いや、多く彫った分以前よりもうまくなっていた。

 唯一違うのはチャッピナが作った額に、加護があるようにと公爵が見えない場所に十字架を描いていたか描いていないかだけだった。


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