【三題噺 #76】「歯車」「河童」「鼻」(515文字)
従兄の手土産
久しぶりに従兄が手土産を持って僕のアパートにやってきた。
今日の手土産は寿司折だった。今までの手土産はレトルトの芋粥だったり南瓜、蜜柑、葱などがあった。当時は実家暮らしで母さんに任せたが、男の一人暮らしには困る。従兄の手土産を選ぶセンスは独特だった。
手土産の寿司と僕の買っておいた乾き物でビールを飲む。
最初は近況報告などしていたが、だんだん会社の愚痴になる。
話しながら寿司をつまんだ従兄が涙をこぼす。
僕は『カッパ巻きってわさび入ってたっけ』と思いつつ、ポケットティッシュを彼の前に置くが、彼は自分の手巾で涙を拭う。
「会社の歯車になって一生を終えるのか」と泣いている。
僕はただ聞いていた。
彼はハンカチで涙を拭いつつ、ティッシュで鼻をかみつつ、ひたすら話をしていた。
全部吐き出してすっきりしたのか、従兄は終電に間に合うように帰った。駅まで彼を送った帰り道、よその家の門に壊されて一本だけ垂れ下がっている蜘蛛の糸を見つけた。それは街灯に照らされ、頼りなさそげに風に揺れていた。
数日後、叔母から電話があった。
従兄が出社しないと会社から電話があったという。
数日前に遊びに来たが、終電に間に合うように帰ったと伝えた。
従兄の行方は、誰も知らない。
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