【三題噺 #64】「詐欺」「呼吸」「空腹」(717文字)

あの家の話

 盗み聞きをした通りその家は留守だった。

 旅行で帰ってくるのは明日の午後らしい。家にいても若い女の一人暮らしらしいので、腹が減った俺でも遅れを取ることはなかっただろう。

 まず台所へ向かう。冷蔵庫の横には缶ビールの箱があり、冷蔵庫を開けると缶ビールが十本以上あった。飲みたいが空腹にビールはまずい。空腹を満たすのが先だ。

 ラップをかけたどんぶりがいくつも入っている。みると肉じゃが、筑前煮、里芋の煮物、茄子の煮浸し、いんげんの胡麻和え、ほうれん草のおひたし。料理好きな女のようだ。

 ラップをはがし肉じゃがを食べる。うまい。空腹だからうまく感じるのだろうか。    

 電話の呼び出し音に驚いて食べる手が止まる。留守電に切り替わるがと途端に電話が切れたので、営業か振り込め詐欺の電話だったのだろう。

 再び食べ始める。食べて食べて食べる。いつ以来だろう、こんな満腹感を感じたのは。ビールを飲みたいがやめておく。寝過ごしてしまったら大変なことになる。家を出る時、何本かもらっていこう。

 冷凍庫を開けるとアイスがあった。お高い方のカップアイスを食べる。久しぶりすぎて涙が出てくる。

 満足したらおかしなことに気がつく。

 若い女の一人暮らしなんだよな? ビールをこんなに冷やすか? おかずの作り置きをこんなにするか? 本当に一人暮らしなのか?

 考えていくと疑問が増えていく。

 まさか俺に聞かせるために俺の近くで話をしていたのか? 嫌な想像に心臓がドキドキしてくる。ビールをもらって帰ろうと、立ち上がって冷蔵庫に近寄ろうとすると呼吸が苦しくなり倒れてしまう。

 そんな俺に家が教えてくれた。

 俺はこの家に囚われたのだと。

 俺がこの家を出るには、俺のような人間を七人この家に呼び寄せなければいけないと。

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